,「見立て絵」の記号論的研究―33―「見立て絵」の仕組みを解き明かそうとするものである。研 究 者:愛知県美術館 学芸員 馬 渕 美 帆はじめに本研究は、日本絵画を対象に、広い意味での「見立て絵」という概念を設定し、その仕組みについて考察するものである。現在「見立絵」という言葉は、主に江戸時代の浮世絵に対して用いられているが、他ならぬその浮世絵について、この用語に問題があることが指摘されている(注1)。「見立絵」の言葉が、美術史の用語として用いるには再検討が必要なものであることは間違いないだろう。本研究はただし、江戸時代の浮世絵の一ジャンルとしての「見立」や「見立絵」を問題とするものではない。浮世絵に限らず、あるものに別のあるもののイメージを重ねて描くこと自体は、室町時代の肖像画など、他の中・近世絵画にも見られるものである(注2)。ここでは、一般的な用法とはやや異なり、このような性格の絵画の総体を広く含むものとして、便宜的に「見立て絵」という言葉を用いておくことにする。この言葉自体は用語として最適なものとは思われず、より適切な言葉が見つかるまでの仮の呼び方としておきたい。こうした作品の総体について、そのごく本質的な構造を理論面から総合的に把握するような研究には、深化の余地があると考える。本研究では、上記のような広い意味での「見立て絵」を対象に、絵画において複数のイメージが重層することの原理的な仕組みを探る。あるものが、そこに重ねられた別のあるものに「似ている」と鑑賞者が認識する、また鑑賞者にそのように認識させる仕組みについて、考察・整理を試みる。その際に、記号論の手法を援用する。特に、「言説」と「形象」という概念(注3)を用い、描かれた事物を「言説」と「形象」の両面から捉えることによって、研究に当たっては、多様な「見立て絵」の作例を収集・分類することから始めた。今回は、論点を明快にするために、特に人物を中心に描いた絵画の中で、イメージを重ねたもの同士が何らかの形態上の類似を示すものを考察の対象とした。従って、重要な一群ではあるが、特に肖像画に多く見られる、イメージを重ねたもの同士を一体化して表すような作例についてはひとまず措き、本論の後に付加的に述べる。多くの作例に当たった結果、鑑賞者がイメージを重ねたもの同士の類似を見出すポイントとして、1.「かたち」と2.「道具立て」の二方向に大きく分けて捉えることが有効であると考えられる。もちろん、実際の作例はこのいずれかに必ず当てはまる
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