鹿島美術研究 年報第23号別冊(2006)
496/589

―486―「欅玉杢ベニヤ色付無色透明ラッカー仕上」、「大理石象嵌模様入」などの表記がある。か。平静ならんとする日常生活は、造型(ママ)の重圧の下に自己を擁護して強い反発に苦しむに違いない。平面計画の不明快と同時に、すべて過剰なるを憾みとするものである。経済的に恵まれることは設計者にとって有利なことであり、やり易いことに違いないが、それ故にこそ又過剰と虚飾の遊戯に堕するの危険を伴ふ。建築とは生々しい人間生活との寸毫の乖離も許されないものだ。有力な経済力を背景とする施主の欲望はまた淘汰すべき多くを持つが、吾々にはその技術的解決の以前に於いて指導すべきモラルに直面しなければならないのであらう。建築以前の構成に於いて、生活の虚飾と過剰とを感じるのである。」(注6)新建築の誌面では蒔絵風の客間の飾り棚や書斎腰窓に用いられたガラスブロック、或いは二階化粧室に造りつけられた大理石の洗面台などが確認できる。物資統制下にあって、「過剰と虚飾」が厳しく批判されているのである。同時期に村野は艤装(船舶のインテリア)を多数手がけている。あるぜんちな丸(1939)ぶらじる丸(1939)愛国丸(1941)報国丸(1942)護国丸(1942)橿原丸(1940)高砂丸(1937)浮島丸(1937)の図面が京都工芸繊維大学の設計図面に含まれている。これら艤装のほとんどは、衆目に触れるものではなかったが、あるぜんちな丸の一等食堂が新建築1939.05号に掲載されている。その写真から蒔絵風の柱頭飾りや窓上部の欄間に配された透かし彫りなどの意匠が確認できる(注7)。一等食堂サイドポート及び柱付き電灯詳細図(AN.4950−65)〔図1〕、立面展開図(AN.4950−61)〔図2〕に仕様を見る。一等食堂に立つ柱は、「外国産大理石」、柱を上下に貫くスリットの両端には「真鍮色付け」が施され、柱頭部分には、お椀の蓋を逆さに付けたような形状を持つ照明が、「アルマイト及木材混用ウルシ仕上マキエ入り」にて装飾される。作り付け家具の面材は、「漆塗り蒔絵入り」であり、「真鍮色付パイプ」の手摺が付加される。その他に「ウルシ蒔絵厚肉模様入」、「樟又ハ欅薄肉模様入り色付」、村野は艤装について次のように語っている。「面白いですね、実に。金をかけさせてくれるもの。自由自在ですワ。制約はありますけれども。船会社のひと声でいくら変えても知れたもんじゃないかといえば、思うとおりにさせてくれますワ。」「あるぜんちな丸はサロンをやったんですけれども、檜を使ったんです。バックになるところ、山鹿の織物を使ったんです。これは実に絢爛たるもんだった。」(注8)村野事務所の詳細図は、50分の1のスケールで作成されるのが、常であった(注9)。しかし、ここでは、展開図は20分の1で作成され、より詳細に書き込みが行われている。これは、他の作品における図面にはあまり見られないことである。50分の1では表現しきれな

元のページ  ../index.html#496

このブックを見る