―526―いえる大宮に供物をささげるという、実際の堂内で仏像に対峙するような視覚的安定感から、このタイプが考えられ、後に定番化していくこととなる。さらに興味深い作例として、中段に3体並んでいた如来が最上段に配置され、残り4体の菩薩が下に並列するものがある(Cタイプ)。これは、Bタイプの発展形と考えられ、まさに三聖である大宮、二宮、聖真子の如来三尊を中心とする意識が進んだもので、存在感大きく描かれている。作例としては、愛知・密蔵院本が知られている。その他、上部に如来を三角形に配置し、その下に菩薩を2体ずつ配置するものがあり、岐阜県博物館本(Dタイプ)が知られる。③の垂迹神曼荼羅については、今回図像を確認した約120作例中、100本ほどあり、つまり現存の山王曼荼羅を見る限りでは、そのほとんどが垂迹神曼荼羅であるということが出来る。垂迹神曼荼羅は、大宮を僧形にするものと、唐服にするものに大きく分かれ、4対6の割合で唐服の方がやや多い。また、垂迹神の数も、上七社に早尾と大行事プラスαのものもあれば、上七社に中下七社の計21社プラスαという多数の垂迹神を描くものも多く現れる。一方、上七社の配置だけを見ると、本地仏Bタイプと同じく三聖を横に3体並べる形式(Aタイプ)がほとんど全てであり、その他は、本地仏Cタイプと同じ形式のものが1件(西教寺B本)あるのみである。描かれている数が多いためバリエーション豊かな感がある垂迹神曼荼羅であるが、以外にも上七社だけを見れば定形化しているということが今回分かった。垂迹神曼荼羅の詳しい形式分類については、描かれている垂迹神の比定が困難ということもあり、今回は時間の問題もあることから、その他特殊なものも含めて後日にあらためたい。以上、比叡山延暦寺の仏像と寺誌史料そして山王曼荼羅の調査報告を行った。今回は、根本中堂の調査というまたとない機会が得られたのは望外の成果であった。また、美術史研究者があまり踏み込まなかった寺誌史料の実態や、山王曼荼羅の現存状況についても予想以上に資料が多くあることが分かった。その長い歴史と影響力からみれば、今回触れえたものはほんの一端に過ぎないが、それでもなお、僅かではあるが延暦寺研究の役に立てたとしたならば、これに勝る喜びはない。
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