鹿島美術研究 年報第23号別冊(2006)
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―44―⑤六角紫水「古社寺巡礼記」に関する研究「巡礼記」(未公刊、以下、調査日記と総称)として残されており、同資料中の「紫水〔表2〕に⑫日記の調査日程と調査対象の大略を示す。研 究 者:東京芸術大学美術学部 助手  熊 田 由美子明治37年(1904)2月、岡倉天心のもと、横山大観、菱田春草とともに渡米した漆芸家の六角紫水(1867-1950)は、以後4年間、ボストン美術館において漆工芸品の分類整理(目録作成など)、保存修理(注1)、素材研究(色漆や西洋塗料などの)にたずさわる。創作のみならず古文化財の調査、保存修復に亙るその幅広い活動の前提には、渡米以前、明治29年10月(当時、紫水は東京美術学校助教授在任中)に岩手中尊寺の調査、翌年2月からは同金色堂の修理に従事して以来、数度に及ぶ、内務省古社寺保存会の委嘱を受けての、各地における古社寺調査の活動があった。東京・六角家所蔵の紫水関係資料中には、そうした調査活動の一部が「巡回日記」自叙傳」「紫水自叙傳メモ」「自筆履歴書」などによってもその軌跡を知ることができる。調査日記には、当時の各地方への、汽船、汽車、腕車、馬車を乗り継いだ旅の困難な様子と、一行の集中的、精力的な仕事ぶりが記されており、その時代の旅行記としても、この国における美術史学形成期の記録としても貴重な資料といえる。六角家蔵紫水関係資料については一部が既刊、また紹介もされているが(注2)、調査地や年次について些か検証を要する点もみられるため、まず、紫水が明治29年以降、明治36年までの間に内務省委嘱(東京美術学校公務分を除く)により行った古社寺調査を、〔表1〕にて示す。紫水が中川忠順、片野四郎等と共に行った一連の古社寺調査のうち、詳細な調査日記を残すのは、〔表1〕の⑩(Ⅰ、Ⅱ)⑫、⑬、⑮の調査活動であるが、本研究はそのうち、東北・関東地方を対象とする⑫「岩手・山形・宮城・福島・栃木巡回日記」(明治35年)と⑮「千葉・茨城古社寺巡礼記」(明治36年)についての校訂、調査当該作品の比定研究を中心に行われた。詳細は逐次、別誌にて紹介の予定であるが、別表紫水の調査日記には、漆芸家らしく、しばしば調査対象についての詳細なスケッチがみられ、天心のノートに比すると材質や構造の記述がめだつが、総じて寸法、形状、構造、技法などについての文章記述は今日から見ればいたって簡略で、もっぱら美的優劣の判断が優先され、「作もっともよし」「優物」「凡作」「拙作」「甚だ悪し」等の裁定が記されている。まずは名品を中心に、国宝指定・保存を急務とした当時の姿勢がうかがわれるとともに、各作品への評言には当時の美意識をうかがうことができる

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