鹿島美術研究 年報第23号別冊(2006)
60/589

.「天稚彦草子」研究―50―――初期長文系諸本の図様の展開過程――研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程  大 月 千 冬1.序説「天稚彦草子」は、室町時代を中心に流行した短篇小説、いわゆる御伽草子のひとつで、天の川誕生の由来、七夕の由来を説く物語である(注1)。「天稚彦草子」に関する研究として、国文学の分野においては、現存諸本のテクスト研究が進み、テクストの観点から「短文系」と「長文系」とに大別され、短文系から長文系へというおおまかな時間軸が示されている(注2)。また、美術史においても、一般に、御伽草子を題材とする絵画作品群の形態は、絵巻から冊子本へと展開したとみられている(注3)。短文系から長文系へ、絵巻から冊子本へという流れは、「天稚彦草子」絵画化の展開過程を考察する際の、前提とすべきものと考えられる。稿者は、これまで現存諸本の相当数について基礎調査をおこない(注4)、安城市歴史博物館蔵「七夕之本地絵巻」(赤木文庫旧蔵本。以下、安城市歴博本)が絵巻という旧来の形態をとりながらも、詞書においては次世代の冊子本と同じく長文系であることに注目し、本絵巻は長文系テクストが絵画化されてゆくうえでの初期的な様相を伝える作品であるとの見解を提示した(注5)。また、安城市歴博本の図様の特色を、長文系冊子類と比較することによって、長文系諸本の図様の系統化を試みた(注6)。その結果、長文系諸本のうち、絵巻の形態をもつ安城市歴博本がまず最初に位置づけられ、大阪府立中之島図書館蔵「七夕」(以下、中之島本)をはじめとする冊子本諸本へと展開してゆくという試論を提示した。本稿では、最近あらたに、その存在が確認された個人蔵「天稚彦草子絵巻」(以下、個人蔵本)の図様を、長文系テクストが絵画化されてゆくうえでの初期的な様相を伝える絵巻である安城市歴博本や、長文系冊子本の比較的初期の作品である中之島本と比較する。個人蔵本は長文系テクストを有する上下2巻の絵巻であり、制作時期は明確ではないものの表現様式から江戸時代前期頃と推察される。比較にあたっては、「天稚彦草子」ストーリー全体を24章に分け(注7)、そのうち第7章「大蛇出現、天稚彦に姿を変える」と第9章「天に昇る天稚彦」をとりあげ、これらがいかに絵画化されているかを検討する。検討の方法としては、各章とも、まず短文系と長文系テクストの異同を確認し、次いで短文系の絵巻であるサントリー美術館蔵「天稚彦物語絵巻」(以下、サントリー本)、専修大学図書館蔵「七夕のさうし」

元のページ  ../index.html#60

このブックを見る