鹿島美術研究 年報第23号別冊(2006)
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―52―本〔図4〕では、いずれも画面向かって左上方に釣殿を配し、水面から大蛇が身をくねらせて出現する。大蛇の頭上に坐る天稚彦、それに向き合う娘、部屋の奥には唐櫃が描かれている。安城市歴博本〔図1〕では大蛇が白蛇であることなど、サントリー本、専修大学本と比較すると若干差異はあるが、構図やモティーフはこれらと近似している。次に個人蔵本〔図2〕をみると、釣殿、水面からあらわれる蛇の頭上に坐す天稚彦、向き合う娘など、モティーフの種類は短文系諸本や安城市歴博本と同じだが、短文系諸本及び安城市歴博本では、大蛇が画面向かって左から入り、娘と向き合うのに対し、個人蔵本では大蛇は画面右の水面からあらわれており、構図や蛇の描写に差異がみとめられる。また、個人蔵本の「大蛇」は牙、耳、髭をもち、目元には眉のようにみえる白い毛をはやしており、蛇というよりも「竜」に近い描き方である。長文系冊子本の中之島本〔図5〕では、画面向かって左上方に釣殿、釣殿で待つ娘、水面からあらわれる蛇を描いており、短文系諸本のサントリー本、専修大学本、ならびに安城市歴博本とモティーフの種類は同じだが、個人蔵本と同様に、「大蛇」は画面右に配され、牙、耳をもち、目元には眉のようにみえる白い毛をはやしており、やはり「竜」に近い。以上、図様に関してもテクストと同様に個人蔵本は安城市歴博本よりも後続に位置し、そして中之島本により近いといえる。3.「天に昇る天稚彦」の絵画化まず短文系と長文系テクストの異同を確認する。短文系テクストとして専修大学本第四段の詞書(注13)と、長文系テクストとして安城市歴博本上巻第五段の詞書(注14)を掲示する[資料2]。まず、短文系においては、天稚彦が娘に対して唐櫃の重要性を説いたのち、昇天するという内容が簡潔に語られている。一方長文系の場合、短文系の文章全体に潤色を加え、また傍線部のように、昇天に先立って天人が来迎したという新たな内容を付加している。短文系の詞書をもつサントリー本〔図6〕と専修大学本〔図7〕では、いずれも画面向かって左には、吹抜屋台の屋内で娘に唐櫃の重要性を説く天稚彦、その右側の屋外には、顔を霞で隠し、雲に乗って昇天する天稚彦の姿が配されている。さらに右側には池が描かれている。この池は、先にみたように天稚彦に姿を変える大蛇が出現したとされている池である。

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