鹿島美術研究 年報第23号別冊(2006)
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―54―本は、2つの場面を描きこんでいるが、物語展開と絵巻の時間軸が一致しており、齟齬はみとめられない。そして中之島本の図様は、いずれもテクスト内容を咀嚼して1つの場面にまとめた自然なものとなっており、中之島本の図様のほうが、個人蔵本のそれよりも進んだ段階にあると考えられる。4.長文系テクストにおける絵巻から冊子本への図様の展開過程「大蛇出現、天稚彦に姿を変える」、「天に昇る天稚彦」を検討した結果、個人蔵本は、長文系諸本のうち、絵巻の形態をもつ安城市歴博本の後続に位置し、そして冊子本群のなかでは初期的な様相をもつ中之島本にもっとも近いといえる。これをふまえたうえで新出の絵巻の個人蔵本を位置づけてみたい。冒頭でもふれたように、稿者はすでに、安城市歴博本が長文系テクスト絵画化の初期的な様相を伝える作品であると位置づけ、その図様の特色を、長文系冊子類と比較することによって、長文系諸本の図様の系統化を試みた。その結果、長文系諸本は絵巻の形態をもつ安城市歴博本から中之島本をはじめとする冊子本諸本へと展開してゆくという流れを提示した。すなわち〔図11〕に示したように、安城市歴博本をⅠ系統、中之島本をⅡ系統、京大美学本をⅢ系統、パリ本、仙台市博本、静嘉堂本をⅣ系統とすると、長文系諸本の図様はⅠ系統からⅣ系統へという順で展開したとみることができる。このうちⅠ系統の安城市歴博本は、長文系テクストを採用しながらも、形態は短文系諸本と同じ絵巻であり、その図様も短文系のそれを基本的に踏襲している。Ⅱ系統の中之島本は、形態が絵巻から冊子本へと変化した初期の段階にある。これらとの比較により、個人蔵本は、形態は短文系諸本や安城市歴博本と同じ絵巻ではあるが、その図様は短文系の影響からはなれ、Ⅰ系統にみられた齟齬を解消するなどの変化がみられた。またⅡ系統との比較において、図様及びテクストの点からも、Ⅰ系統に比べⅡ系統との近似がみとめられた。したがって、個人蔵本はⅠ系統からⅡ系統への過渡的段階に位置づけることができる。ここで個人蔵本をⅠ´系統とすると、長文系テクストにもとづく絵巻から冊子本への初期段階における図様は、〔図11〕の太線枠内に示したように、Ⅰ系統、そしてⅠ´系統を経てⅡ系統へとつづくと推定できる。Ⅰ´系統はⅡ系統の成立の前提として欠かすことのできないものであり、このⅠ´系統の存在を明確にしたことによって、御伽草子「天稚彦草子」の絵画化の展開過程が、より鮮明になったと思われる。このように、テクストと図様の変化を精査することによって、これまで莫然としていた御

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