鹿島美術研究 年報第23号別冊(2006)
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注「天稚彦」が登場する物語は、松浪久子氏によって「七夕草子系」「天若物語系」の2系統に分類されている(松浪久子「七夕」解説〈松浪久子・岩瀬博編『七夕・鶴のさうし』和泉書院影印叢刊54、1986年〉283頁)。本稿でとりあげる御伽草子「天稚彦草子」は「七夕草子系」に属す。「天稚彦草子」の内容は、次のごとくである。 「天稚彦草子」に関する国文学の分野における主な論考を年代順に掲示する。■絵巻から冊子本へという流れは、次のような論考において指摘されている。―55―伽草子作品の系統化が、今後可能になると考えられる。ある長者が、娘との婚姻を蛇に要求され、そのうちの末娘が嫁ぐ決意をする。末娘の前に大蛇が出現し、娘がその頭を刀で割ると、天稚彦という貴公子があらわれ、2人は仲睦まじく暮らす。あるとき天稚彦が娘に唐櫃を示し、「開けてはならぬ」と言い置いて天界へ昇る。ところが娘の姉達が唐櫃の蓋を開けてしまい、そのために天稚彦は天界から戻れなくなる。そこで娘は、天稚彦を捜し求めて天界を遍歴し、無事再会を果すが、鬼によって間をひきさかれ、さまざまな試練を与えられる。その後、天の川が誕生し、娘は織姫、天稚彦は彦星として年に1度、7月7日のみにあうようになった。詳細は、新潮日本古典集成34『御伽草子集』(新潮社、1980年)所収の「天稚彦草子」を参照されたい。①三谷栄一「天稚御子の物語と七夕物語」(同著『物語文学史論』、有精堂出版、1965年)②松浪久子「御伽草子『七夕』と昔話」(『大阪青山短大国文』3、1987年)③市岡真理「天稚彦物語の生成」(『国文目白』26、1987年)④勝俣隆「中世小説『あめわかみこ』の七夕系本文二系統の新旧に関する一考察―絵と本文の齟齬を通して―」(『愛文』23、1987年)⑤松浪久子「御伽草子『七夕』の展開―本文と絵の関連から―」(『大阪青山短大国文』4、1988年)⑥橘りつ「東洋大学図書館蔵『天稚彦』(仮題)小考」(『文学論藻』62、1988年)⑦勝俣隆「室町物語に於ける挿絵と本文の関係について」(『説話論集』8、清文堂出版、1998年)⑧伊東祐子「《天稚彦草子》の二系統の本文をめぐって―絵巻系から冊子系へ―」(『國語と國文學』964、2004年)このうちテクストの分類とその展開を最初に論じたのが、松浪久子氏(論考②)で、松浪氏は諸本を古風で素朴な文章のものと、これに読物的な潤色を加えたものとに分類し、前者を「絵巻系」、後者を「冊子系」と呼び、まず「絵巻系」が成立し、それを増補し読物化したのが「冊子系」であるとの見解を示している。また橘りつ氏(論考⑥)は松浪氏の分類を踏襲しつつも、「絵巻系」が短文、「冊子系」が長文であることを考慮して、「絵巻系(短文系)」「冊子系(長文系)」という呼称を用いている。本稿で用いる「短文系」「長文系」という呼称は、この橘論考に拠っている。赤井達郎「奈良絵本について―その形成を中心として―」(『國華』813、1959年)宮次男「御伽草子絵について」(『在外奈良絵本』、角川書店、1981年)松本隆信「御伽草子の時代と室町絵巻」(『御伽草子絵巻』、角川書店、1982年)

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