鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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年10月1日、画報社。―115―・鵜澤四丁訳「ターナーの水彩画(二)」、『みづゑ』第66号、1910(明治43)年9月3日、春鳥会。・清見陸郎訳「絵画に於ける材料及びその用法(下)」、『美術新報』第9巻第12号、1910(明治43)・鵜澤四丁訳「ターナーの水彩画(三)」、『みづゑ』第67号、1910(明治43)年10月3日、春鳥会。・鵜澤四丁訳「ターナーの水彩画(四)」、『みづゑ』第68号、1910(明治43)年12月3日、春鳥会。・芋洗生「芋洗観(十)美術家と社交」、『美術新報』第196号、第10巻第3号、1911(明治44)年1月1日、画報社。・迂僊生撰「芸苑茶談(九)ターナーの話」、『美術新報』第196号、第10巻第3号、1911(明治・壬生馬「画家の手紙」(「一 グエルンゼーより」梅原竜三郎からの手紙)、『白樺』第2巻第2号、・芋洗生「芋洗観(十一)美術家の相場と流行」、『美術新報』第197号、第10巻第4号、1911(明治44)年2月1日、画報社。・(広告)「みづゑ 二月号  ターナーの水彩画……鵜澤静雄」、『美術新報』第197号、第10巻第4号、1911(明治44)年2月1日、画報社。・鵜澤四丁訳「ターナーの水彩画(五)」、『みづゑ』第72号、1911(明治44)年2月3日、春鳥会。・IY生「寒霞渓写生旅行」、『みづゑ』第72号、1911(明治44)年2月3日、春鳥会。・※「コブレンツ ターナー筆」(白瀧幾之助氏談「欧米遊学雑感」)、『美術新報』第198号、第10巻第5号、1911(明治44)年3月1日、画報社。・白瀧幾之助氏談「欧米遊学雑感」、『美術新報』第198号、第10巻第5号、1911(明治44)年3月1日、画報社。・石川欽一郎「風景画法 仕上の綺麗」、『みづゑ』第76号、1911(明治44)年6月3日、春鳥会。・※「サン、ゴッタアル、フアイド越え タアナア筆」(巻頭原色判)、『美術新報』第203号、第10巻第10号、1911(明治44)年8月1日、画報社。・岩村透「ラスキン先生とアルプス山」、『美術新報』第203号、第10巻第10号、1911(明治44)年8月1日、画報社。・「本号の口絵と中絵 其他の三種の中絵」、『美術新報』第203号、第10巻第10号、1911(明治44)年8月1日、画報社。・矢代幸雄抄訳「偉大なる絵とは何 三」、『みづゑ』第82号、1911(明治44)年12月3日、春鳥会。・横浜の一市民「横浜支部展覧会を見て」、『みづゑ』第82号、1911(明治44)年12月3日、春鳥会。・故大下藤次郎「水彩画の今昔(二)」、『みづゑ』第83号、1912(明治45)年1月3日、春鳥会。・小島烏水「山岳の水彩画家」、『みづゑ』第86号、1912(明治45)年4月3日、春鳥会。・南薫造「ターナーの水彩画」、『みづゑ』第87号、1912(明治45)年5月3日、春鳥会。・石川欽一郎訳「批評に就て(レイドレー氏原著)」、『現代の洋画』第4号、1912(明治45)年7月1日、日本洋画協会。・石川欽一郎訳「批評に就て(レイドレー氏稿)前承」、『現代の洋画』第5号、1912(明治45)年8月1日、日本洋画協会。・重吉屋「東西覚え書き」、『美術新報』第212号、第11巻第7号、1912(明治45)年5月22日、画報社。44)年1月1日、画報社。1911(明治44)年2月1日。

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