鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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―204―よ、あなたの王が来る」(注4)が記されている。巻物の語句と対応して、ゼカリヤの上には「エルサレム入城」が描かれる。次に、北壁のモーセである〔図7〕。モーセは「磔刑」が配されているブラインドアーチの上部に位置し、下の「磔刑」の場面を覗き込んでいるかのように、向かって右下に頭を傾けている。手にする巻物に記された語句は、「我々の命を見よ、主よ、耐えよ」(注5)で、その出典は明らかではないが、下に描かれている「磔刑」を予告する内容となっている。このようにキリスト聖堂において預言者は、巻物を広げ持ち上や下を見て、新約からの諸場面を予告する人物として描かれている。キリスト聖堂の装飾プログラムを考えた人物が、画家であったのか寄進者であったのか、それとも教会関係者であったのか定かではないが、何れにせよ、旧約の預言者を新約諸場面と予型論的に関係付けて配置し、それを見る者に明確に伝えようとしたことが推測される。このような旧約の預言者と新約諸場面の予型論的結び付きは、他のビザンティン聖堂壁画においても確認されることなのであろうか。キリスト聖堂の預言者像の特徴をより一層明らかとするため、次章において、中期以降のビザンティン聖堂一般における預言者像について、描かれ方と描かれる場に注目して概観していきたい(注6)。2.ビザンティン聖堂壁画における旧約の預言者:概観ビザンティン世界では、8−9世紀のイコノクラスムを経て中期になると、ドームを戴く聖堂形式が主流となり、それに伴い、ドームを頂点とする聖堂内壁面に聖なる存在を位階的に配列して描くという聖堂装飾プログラムが整えられた。そのような中期以降のドームを戴くビザンティン聖堂において旧約の預言者は、通常、ドーム下部やドームの鼓胴部に描かれる。ドームを戴く聖堂における預言者像の例として、アテネ近郊のダフニ修道院主聖堂のドームにおける預言者やイスタンブールのパンマカリストス修道院付属礼拝堂のドームにおける預言者を挙げることが出来る〔図8〕。ドーム下部や鼓胴部に描かれた預言者は、神の観想者として、旧約の預言書からの引用の記された巻物を広げ持って祝福のポーズをとることで、ドーム頂部のキリストの到来を予告している。キリストと距離的に近いドーム周辺において天を指差す姿で描かれる理由は、預言者が天使に次ぐ位階を与えられるという偽ディオニシオスによる位階論によって説明可能であるが、主の到来を予告し、主の神性を強調する存在者としての預言者の神学的役割がそもそもの前提としてあった。ビザンティン世界の人々は、ドーム頂上に君臨するキリストを目にすることで主の神性と威厳を実感し、その周りで身振り豊かに巻物を広げ持って天を指し示す預言者を見て、主の到来を予告した預

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