鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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―205―言者の役割について理解したのである。続いてヴェリアのキリスト聖堂と同じ聖堂形式、つまりドームを戴かない聖堂における旧約の預言者像について述べていこう。まず、ヴェリアと同じギリシア北部、マケドニア地方のカストリアに残る作例である。カストリアにおいて預言者がまとまって描かれるドームを冠しないビザンティン聖堂は、聖ステファノス聖堂と聖アナルギリ聖堂である(注7)。両聖堂において預言者は、身廊の南北壁面上部に展開される新約場面のさらに上の区画、すなわち、バシリカ式聖堂の垂直壁面における最上部に描かれる。この場合、身廊の垂直壁面の最上部をドーム周辺部に相当する位階的に上位の「場」とみなし、ドームを有する聖堂なら通常ドーム周辺に描かれる預言者をその「場」に配置していると考えられる(注8)。このような身廊の壁面最上部に配される預言者は、クルビノヴォのスヴェティ・ジョルジェ聖堂でも確認され、中期以降のドームを戴かないバシリカ式聖堂において散見される。中期以降のビザンティン聖堂における預言者像を概観したことによって、ビザンティン聖堂壁画における預言者の一般的特徴が明らかとなった。まず預言者は、主の威厳を強調し主の到来を予告した者として、巻物を広げ持ち、天を指差す姿で描かれる。後期になると、〔図8〕の預言者イザヤや右隣のモーセに見られるように、いわゆるパレオロゴス朝ルネサンスの人文主義的風潮の下で発展した人物像の動きの表現が加えられ、それまで以上に身振り豊かに表されるようになる。またドームを戴かない聖堂では、ドームの位階的装飾プログラムを反映して、預言者は身廊壁面の最上部、新約諸場面の上に配されることが多い。3.キリスト聖堂における予型論的構図:パレア・ミトロポリ聖堂壁画の影響先の章で確認したビザンティン聖堂壁画における預言者の一般的特徴の中で、身振り豊かに描かれることは、ヴェリアのキリスト聖堂の預言者にも確認される。ヴェリアのキリスト聖堂において預言者は、新約場面を見つめるように、巻物を広げて顔を左右に向けている〔図6,7〕。しかしながら、中期以降のドームを冠しない聖堂において散見される身廊壁面の最上部に預言者を配すという構図は、キリスト聖堂では採用されていない。キリスト聖堂の南北壁面において預言者は、基本的には新約諸場面の下に位置している。キリスト聖堂の装飾プログラムを考えた人物が、単純に、ドームを有する聖堂で見られる位階的な装飾プログラムを、長方形の南北壁面において実現しようとしたのならば、前述のように預言者は、新約諸場面の上、すなわち、南北壁面の最上部に描かれるはずである。それではドームを有す聖堂で見られる位階的

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