:シャルダンとコレクター―242―――シュヴァリエ・アントワーヌ・ド・ラ・ロクのコレクション――研 究 者:東京芸術大学大学院 美術研究科 博士後期課程 船 岡 美穂子はじめにジャン=シメオン・シャルダン(1699−1779)は、低次の画題とされていた静物画・風俗画の分野で異例の成功を収めた18世紀フランスの画家である。専ら小型のタブローの形式による彼の作品は、評価の高まりに伴い、世紀を通じて多くの蒐集家たちのキャビネに収められた。この時代に蒐集家が美術作品を購入する際には一般に、芸術家への直接注文や、サロンへの出品に際しての購入、そして競売会での購入が主な手段であった。しかし、個々の具体的詳細については、文書記録に乏しい場合が多く、芸術家と蒐集家の関係の実態を把握するのは容易とは言い難い。シャルダンのパトロネージ研究に関しても、1979年の展覧会カタログにおいて、主要なコレクターをごく簡略にまとめた一覧表が作成されたことによって、ようやく緒に就いたものの、それ以降詳細な研究はほとんどなされていない状況にある(注1)。本研究は、シャルダンの作品制作とパトロネージの関係をより具体的に探ることを目的として、シャルダン作品を含む18世紀パリの競売カタログ及び財産目録を中心に、各コレクターとコレクション内容の全体像を調査した。その結果、これまで紹介されてこなかった各コレクションの具体的内容と傾向が明らかとなるとともに、画家の画業展開や作品評価との関わりについていくつかの知見を得ることができた。本稿では、その中から具体的事例として、18世紀フランスの新聞メルキュール・ド・フランス紙の主幹であったシュヴァリエ・アントワーヌ・ド・ラ・ロク(1672−1744)のコレクションを取り上げたい。彼は、当時を代表する蒐集家の一人であったばかりでなく、シャルダン作品を蒐集したコレクターの中でも特に多くの作品を所蔵したことから、パトロンとして重要な人物であったと考えられる。また、シャルダンの画業転換期にあたる作品が目立つことも特筆に価する。以下では、まずラ・ロクの人物像とコレクション内容を分析し、さらに彼の注文により制作された可能性が高い対作品《刺繍する女》と《素描する若い学生》〔図10、11〕に焦点を当てて考察を行い、研究報告としたい。(申請時名:多 田 美穂子)
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