鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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―246―の分野では既に有力な年長の画家が活躍しており、伸び悩みも当時から囁かれていた(注16)。だが実は、ごく若い時期よりシャルダンは、静物画でない主題も扱っていた。作品内容や規模、機能の点でヴァトーの代表作《ジェルサンの看板》を想起させる《外科医の看板》を始めとして、ヴァトーからの影響が指摘される作品をいくつか手がけている(注17)。さらに、1737年に画家の最初の妻が死去した際に作成された財産目録を参照すると、「板に描かれたヴァトーの小型の戦争画エスキス」の所有が確認される(注18)。このことは、ラ・ロクが所有した3点のヴァトー作品のうち2点が小型の戦争画対作品〔図3、4〕であること、加えてヴァトーの戦争画主題がそれほど一般的でないことも考え合わせるならば、偶然とは思えない両者の興味の共通性が示唆される。ラ・ロクとシャルダンの間には、おそらく決して浅からぬ親交があったのではなかろうか。また、ヴァトーの重要なパトロンや友人であったラ・ロク、ジェルサン、ジャン・ド・ジュリエンヌ、またスウェーデン大使カール・グスタフ・テッシン伯爵といった人々は、同時にネーデルラント絵画の愛好者や紹介者でもあった(注19)。静物画でそれほど有力な顧客を得られなかったシャルダンが模索した先にあったのは、ヴァトーの成功ぶりとそのパトロンへの接近の企て、そして高まりつつあったネーデルラント絵画趣味であったことが推察されるのである。本章最後に、ラ・ロクが所蔵したシャルダン作品を紹介しておく。まず対作品《給水器から水を汲む女》と《洗濯する女》〔図6、7〕は、画家が最初期に手がけた風俗画作品の1つで、注文によるものである。先行研究では、ラ・ロクのコレクションとの関連も注目され、主題・様式の両面でテニールスやカルフ、そしてヴァトーに至る系譜が指摘されてきた(注20)。また、同じく注文制作が推測される初期風俗画対作品《刺繍する女》と《素描する若い学生》〔図10、11〕は、サロンにも2度にわたり出展された他、世紀後半にかけて彼の作品中最も多くのコピーが作られたことが判明している(注21)。次に、《市場帰りの女》と《家庭教師》〔図8、9〕、《ゴドフロワ氏の息子の肖像(こま遊びの少年)》は、1730年代後半から40年代にかけて人気を博して顧客も広がった時期の作品であるが、ラ・ロクが所有したものはいずれもオリジナル作品ではなく、彼の注文によるシャルダン自筆のコピー作品であった。この他、厨房主題の小型静物画作品が3点ある(注22)。次章では、これら所蔵作品の中から、注文によるオリジナルの初期風俗画であること、さらにラ・ロクのコレクションとの関係があまり検討されていないという観点に基づき、《刺繍する女》と《素描する若い学生》に着目して考察を行いたい。

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