鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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1940年代初頭アメリカにおけるシュルレアリスムと抽象―267――マックス・エルンストを中心に―研 究 者:九州大学大学院 人文科学府 博士後期課程  石 井 祐 子はじめに1940年代初頭、ある二人の画家の作品に、ひとつの視覚的形式が印象的なかたちであらわれる。それは画面を垂直・水平の格子状の直線、すなわちグリッドによって分割し、各区画にイメージを収める手法によるものであった。その様な手法を用いて作品を制作した画家として、1943年に亡命先アメリカで《Vox Angelica》という作品を制作したマックス・エルンストが挙げられよう。そして同じく40年代初頭のニューヨークで、極めてよく似た手法で作品を制作している画家がアドルフ・ゴットリーブである。のちに抽象表現主義の画家と称されるようになるこの人物は、1941年から「ピクトグラフ・シリーズ」と呼ばれる作品を描き始める。その一連の作品で、彼は繰り返し、グリッドによって分割された各区画にさまざまな形象を描き込むという手法で作品を制作している。しかし彼らの作品、例えば《Vox Angelica》と《航海者の帰還》(1946年)を並べてみると、両者がグリッドによる画面構成という点で極めて類似する一方で、その違いもまた明らかだ。端的に言えば、前者ではトロンプ・ルイユの手法による再現的な「木枠」がグリッドをなしているのに対し、後者では絵具のかすれや手描きによる「ペインタリー」な線としてグリッドがあらわれている。さらに各区画のイメージも、で、《航海者の帰還》の各イメージは、刷毛の痕跡の残る、絵画的平面を意識したものとなっている。これらの作品の類縁性と隔たり、あるいはその両義性を、40年代のニューヨークにおけるシュルレアリスムと抽象という観点から考察することが本稿の目的である。1.ゴットリーブの「ピクトグラフ・シリーズ」ドリー・アシュトンは1972年に上梓されたニューヨーク・スクールに関する研究のなかで、1940年代はニューヨーク・スクールの芸術家たちにとって、シュルレアリスムを捨て、「抽象活動を強化し深化する」時期であったと指摘している(注1)。このように、この時期のシュルレアリスムがアメリカの歴史記述のなかで、あるいは40年代の美術史的世代交替という「二都物語」のなかで周辺的地位に追いやられていった《Vox Angelica》には奥行きや平面性を同時に感じさせる多次元的な空間がある一方

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