江戸時代後期における絵手本観―298――鍬形B斎『略画式』の意義―研 究 者:川越市立美術館 学芸員 折 井 貴 恵はじめに江戸時代、特に18世紀以降、上方および江戸を中心に盛んに出版された絵手本の重要性は、美術史でも注目されて久しい。しかし、江戸期を通して絵手本の性格が一様でなかったことは容易に想像されるにもかかわらず、その様相については未だ充分な検討がなされていない。例えば送り手に注目してみても、18世紀は大岡春ト・橘守国といった狩野派の絵師などのいわゆる「画家」による絵手本が支配的だったのに対し、19世紀には葛飾北斎・歌川広重ら「浮世絵師」の作例が目立つようになる。それはすなわち、受容者側の変化とも関連してくることだろう。この間、絵手本を取り巻く社会背景に何が起こったのか。そのような観点でもう一度絵手本出版の流れを見直した場合、過渡期とも言うべき18世紀末期に、『略画式』(寛政7=1795年刊)〔図11〕をはじめとする絵手本を積極的に制作した鍬形A斎(1764−1824)の存在は、非常に興味深い。本研究は、『略画式』に代表される一連のA斎絵手本の意義を考察するとともに、それを足がかりとして江戸後期の絵手本観に迫ることを目的としている。本稿では、「略画式」を冠するA斎の絵手本(以下「略画式系絵手本」)の書誌についての報告、および、18世紀末〜19世紀初めにかけての絵手本の傾向について現時点での若干の私見を述べたい。1、略画式系絵手本の書誌鍬形A斎の絵本の書誌的事項については、すでに先学(注1)を踏まえた狩野博幸氏の研究があり(注2)、また、小澤弘氏はA斎の総合的な研究の一作業としてA斎版本の整理を試みている(注3)。平成15年に開催された福岡大学図書館所蔵の和本展覧会「和本の美」では鍬形A斎絵本が多数出品され、その成果はリーフレットにまとめられるとともにサイト上でも公開された(注4)。翌年には津山郷土博物館・太田記念美術館で「鍬形A斎展」が開催され、やはり幾多の絵本が紹介されている(注5)。ここでは、先学に補足すべき略画式系絵手本の書誌について報告する。
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