鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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―23―通のキャンバスに油彩で描かれた上で額装され、金具で掛けられたものである。そして、作品の内容については特に指定はなく、「題材は随意で」と、小磯良平に一任されたという。ここで小磯は、《絵画》、《音楽》という2つの題材を選んでいる。捉えようによっては実に壮大で寓意性を秘めたテーマでもあるが、それまでの70年間の人生において、自らが最も愛してきた2つの世界を、この記念的な大作で素直に具現化させたかったのかも知れない。《絵画》は画家として現実に没頭している世界であるが、《音楽》に関しては、「私は昔から楽器の持っている形を大変魅力的であると思って、それにあこがれを持っている。今までの作品に楽器を度々登場させている。今回はそれをふんだんに描く事が出来ると思った。躊躇なく「音楽」というテーマに決めた」(注3)と小磯は語っている。また、制作面での実際において、《絵画》では藝大美術学部の教室での情景が頭にあった一方、《音楽》の方は詳しい状態が分からなかったという。音楽鑑賞ではこの上なくモーツァルトを好み、自らピアノを弾くこともあった小磯であるが、「音楽を演奏する部屋についても、楽器を持つ人間の姿勢や握り方、もち方もよく知らない。何となくアンサンブルで楽しんでいる空気を描くのが精一杯である」と続けて語ってもおり、テーマそのものは躊躇なく選んだものの、その後の制作において苦心を重ねていったことがうかがえる。全体のエスキースと構図の変遷2点の壁画の制作にあたり、構図と素描を大切にする小磯良平は、数多くのエスキースを描いている。資料が散逸しているため、その全容は、継続して続けている調査の最終結果を待たねばならないが、写真資料だけのものも含め、現在までにすでに40点余のエスキースと関連作品が確認されており、完成した壁画からは推測することの困難な創作過程を知らせてくれる。エスキースは画面の全体像を捉えたものと、個々の登場人物や家具のみを描いたものに大別されるが、中でも初期の全体エスキースには、制作依頼を受けた直後の小磯良平の意気込みが反映されていると同時に、微妙な困惑なども見え隠れしており、非常に興味深い。やはり迎賓館という場所を意識したのか、当初小磯は、ヨーロッパの宮廷芸術を思わせる、厳かでクラシカルな場面を想定していたようである〔図3・4〕。また小磯は、「画家なら誰でも共通ですが、与えられた迎賓館という欧風の壁面を考えれば最初にコンポジションをどうしようと考えますでしょう。それが日本では、割合にその伝統と言うかお手本がないわけで、又、油絵の群像を必要とした欧風の例も

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