―24―あまり聞いたり、見たりしたおぼえがありません」(注4)と述懐してもいる。1950年代に実験的な500号の大作《働く人びと》の制作実績はあるものの、ヨーロッパの古典芸術を意識しながらの迎賓館壁画制作への着手がいかに困難であったかは、小磯自身の言葉とともに、初期の全体エスキースが端的に物語っている。そしてそれは、時間を経るにつれて、現代の日本の若者達がラフなスタイルで集う図へと劇的な変貌を遂げ、自由で開放的な空気が画面上を支配していくようになる。この自由なスタイルは最後まで貫かれていくが、飾らない現代の若者達の登場によって、一連の創作が、まず大きな転機を迎えたといってよいであろう〔図5〕。さらに、構図に関する全図エスキースの中には、方眼紙に描かれたものも数点確認されており、小磯が画面の構成について、極めて入念に模索をしていたことがうかがえる。また、作品の背景に関しては、興味深いことに《音楽》では、小磯アトリエの画室の壁や扉、家具がそのまま使われている。自身のアトリエ内は、日々の絵画制作で親しんでいる光景であるが、音楽の練習の状況が分からなかった小磯良平にとって、その場所を演奏の舞台に用いたことは、まさに苦肉の策であったと想像できる。一方、《絵画》では、先に指摘したとおり、藝大美術学部の教室内の情景が使われている。そして、退官後神戸での創作活動に専念していた小磯は、知人に現場の撮影を依頼していたようで、そのためのものと思われる写真が貴重な資料として残されている〔図6〕。ところで、画面の構図を決めていく手順について小磯自身は、「エスキースを頭において、そこにある人間の姿態を、又、動作を出来るだけ沢山スケッチしておく。私は構図をつくる場合、この人間のデッサンをトレーシングペーパーに移して、ガラスを透して色々と組立てる方法を楽しんだ。これは偶然の組合わせを発見する事が可能である」(注5)と語っている。しかし、それでも頻繁に行き詰まったようで、「そんな場合は思いきって構図の一部を大きく変更する、その事によって気分を立てなおして仕事がまたはかどると云う順序を繰り返すことを今回もいやと云う程経験した」と続けている。さらに、個々の人物配置については、全体像を捉えたエスキースである《絵画》、《音楽》〔図7〕の2点において、人物を模した厚紙の切り貼りがなされていることが知られている。そしてこのたび、その2作品の所蔵元の協力を得、額やマットから外す形で画面についての詳細調査を行った〔図8〕。その結果、エスキース《絵画》においては、一番手前に立つ男性の全身、またエスキース《音楽》では、画面中央部でヴァイオリンを手にする2人の女性とコントラバスを奏でる男性1人、右手前の椅
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