鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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<ジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥールによる「盲目のヴィエル弾き」―333――慈善の観点から―研 究 者:明治学院大学 非常勤講師  大 谷 公 美はじめに17世紀前半のロレーヌ公国(現フランス、ロレーヌ地方)で活躍した画家ジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥール(1593−1652)の作品に、モニュメンタルな単身像で描かれた一連の「盲目のヴィエル奏者」がある(注1)。「ヴィエル奏者」はラ・トゥールの限られた主題の重要な一部をなしており、画家はこのモティーフを画業の初期から晩年に至るまで構図を変えながら繰り返し描いた。《犬を連れたヴィエル弾き》〔図1〕、《帽子のあるヴィエル弾き》〔図2〕、《リボンのあるヴィエル弾き》(プラド美術館)、および《肩掛け袋のあるヴィエル弾き》(ルミルモン、フリリー美術館、同図のコピーがナンシーのロレーヌ博物館に所蔵)である。いずれも注文主をはじめ、制作のいきさつなど当時の状況を伝える史料は残っていない。「ヴィエル奏者」は北方やフランスで発達した図像であり、イタリアやスペインではほとんど見られないことが指摘されている(注2)。このモティーフはまず、16世紀初期以降ヒエロニムス・ボスやブリューゲル一族をはじめとする北方の画家が取り上げた。そして17世紀初期のロレーヌ公国でもジャック・ドゥ・ベランジュやジャック・カロが描き、彼らの作例がラ・トゥール作品の源泉となったであろうことが多くの先行研究で指摘されている。ところが意味解釈に関しては踏み込んだ議論はされておらず、ラ・トゥールが貧民を主人公とした作品を数多く描いていることから、同主題も画家が目にした日常を描写した単なる風俗画と解釈されるに過ぎなかった。そして議論の中心は、初期から中期の「容赦ないレアリスム」から後期の「幾何学的に単純化された造形」へと至るラ・トゥールの全作品系列における様式変遷、および制作年の問題にほぼ限定されてきた。これに一石を投じたのがフィリップ・コニスビーである(注3)。コニスビーは先行例、編年の問題に加え、作品の主題に関しても積極的に言及したが、それでも様々な可能性を提案するに留まり、掘り下げた考察には至っていない。本稿ではこれらの先行研究を踏まえた上で、音楽史、文学史、社会史、歴史など関連他分野の研究成果も取り入れ、同主題の意味、機能についてさらに議論を進めたい(注4)。

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