鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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―27―の配置や、窓際でチェンバロを弾く女性の顔の向き、右端の女性の髪形、そして右奥の扉とその手前に立つ男性などに大きな変化が見受けられる。その結果、窓際の女性は床に座る男性としっかりと向き合い、離れた配置だった2体のリュートは並べて椅子に掛けられるなど、変更後の画面では各人物やモティーフの間に一層の一体感を生み出している。さらに右奥の扉前で描き直された若い男性は、《音楽》の左側にある《絵画》を含めた壁画全体を背後から見渡す役割をも果たしているのである。このような過程を経て、昭和の美術史を彩どる壁画大作《絵画・音楽》は、昭和49年(1974)3月に完成の運びとなり、小磯良平をはじめ関係者立会いの中、迎賓館2階ホールの壁へ設置がなされた〔図14・15・16〕。「最後まで、ほんとうの自信はなかった」と小磯自身は振り返っているが、完成後の2作品を比較してみると、まず、《絵画》の方では、画面全体にわたって、造形性への明確な主張が見受けられる。さらに、背筋を伸ばした手前の男性の力強い視線に表されるように、長年にわたって自らが創り上げてきた世界への自負心も見え隠れする。一方、《音楽》の方では、楽器やコスチュームなど二次的なモティーフへの依存度の高い画面から、特に強いメッセージは発せられてはおらず、一歩引く形で《絵画》と“対話”を行っている。このような両作品における良い意味での主・従関係は、創作テーマを“絵画”と“音楽”に定めた時点から運命付けられた必然の結果とも言える。なぜなら、2つの芸術主題を取り上げつつも、その表現手段は他ならぬ一方の当事者である“絵画”そのものだからである。そしてその結果、絵画世界と音楽世界を包み込む“総合芸術”としての、調和に満ちたより深い一体感が、やわらかな光が注ぎ込む2点の壁画に生じたものと考えられる。終わりに以上、小磯良平の迎賓館壁画《絵画・音楽》の画面構成の詳細について、一般によく知られた完成画面のみならず、最初期のものを含む数多くのエスキースや、残された貴重な写真資料などをもとに、創作過程を辿り考察を重ねてきた。改修事業との兼ね合いなどから、制作依頼を受けてから完成までが僅か1年という限られた期間での小磯の驚異的な努力と集中力は、人体素描と画面構成において古典的な秩序を保ちつつ、独特の光の表現や伸びやかな空間性をも確保するという、豊かな成果を完成作品の中にもたらすことに結実している。そして、心地よい空間構成がなされる画面には、小磯良平独自の清澄感や永遠性も漂い、小磯芸術の円熟の極みを示している。ところで、このたびの研究成果は、エスキース画面への詳細調査や元モデルへのイ

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