=『レオン960年の聖書』対観表の福音書記者表現について―345―研 究 者:早稲田大学 文学研究科 研究生 毛 塚 実江子スペイン中世を代表する写本の一冊であり、960年に制作された聖書(サン・イシドーロ王立参事会教会、レオン、Cod.2. 以下『960年の聖書』)の対観表(注1)に描かれた福音書記者像〔図1〕の表現とその解釈を、対観表の章句〔表1〕との対応関係から明らかにしようとする試みである。中世初期のイベリア半島において、福音書記者は、頭部が獣のシンボル、胴体が人間という、いわゆる獣頭人間型“anthropomorphic type” で、互いに向き合い会話をしているかのように表現される(注2)。図2は920年に制作された聖書(レオン大聖堂、Ms.6. 以下『920年の聖書』)の対観表の一部であり、完全な形で現存するスペインの対観表の最も早い作例である。記者像は各福音書の章句の列上の小アーチの上に配され、獣頭人間型で、向き合い手を掲げ、あたかも「対話している」かのように描かれている。同写本の対観表においては、福音書記者像は判で押したかのようにほぼ同じパターンで繰り返される。それに対し『960年の聖書』の対観表では、福音書記者像は、獣頭人間型の表現と、全身がそれぞれを象徴する獣のシンボル(以下、区別のため「獣のシンボル」とする)による表現とが混在している。何よりそれらの福音書記者像には、手首を掴んだり、棒のようなものをかざしたりするなど、明らかに会話表現を逸脱する身振りが散見されるのである。それらは図1の一覧のうち、太枠で囲った部分、対観表の中盤に登場する。これらの福音書記者像には他に類似した作例が現存せず、図像の解釈はほとんどなされてこなかった。しかし、17ページを費やす重要な対観表を構成し、同写本の他の図像がほぼ主題を伴っていることから考えても、これらの特徴的な福音書記者表現になんらかの意味がこめられている可能性は極めて高いといえる。これらの図像が対観表に配されていることに改めて注目し、対観表に記された福音書の章句を手がかりに、各図像の意味を推測したい。報告者はまず『960年の聖書』のファクシミリを中心に、7世紀から13世紀の聖書および関連写本を調査し、同写本の福音書記者像が他の図像と比較して際立った表現であることを見出した。そこで同写本と類縁関係(注3)が指摘される1162年制作の聖書(サン・イシドーロ王立参事会教会、レオン、Cod.3、3vols. 以下『1162年の聖書』)と比較し、福音書記者表現がどのように受け継がれていったかを検証した。とりわけ、レオンにて同写本を実見できたことは大きな収穫である。以下に『960年の聖書』の対観表の福音書記者像の解説を試みる。本報告では特徴
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