注対観表とは、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる四つの福音書に共通する箇所を並べた一覧表でカノン・テーブルとも呼ばれる。それぞれの福音書を細かく章分けし、四福音書すべてに共通する章句を第一の対観表に、三つの福音書に共通する章句を第二から第四の対観表に、二つの福音書に共通する章句を第五から第九の対観表に、それぞれの福音書にのみ記載されている章句を第十の対観表に配している。なお、本報告書では、対観表の構成を論じる都合上、通常「フォリオ」と呼ばれる写本の一葉の呼称に、「ページ」という語を使用する。―350― 福音書記者のシンボルは、それぞれマタイが人、マルコが獅子、ルカが雄牛、ヨハネが鷲である。獣頭人間型は、日本・東洋美術におけるいわゆる「獣頭人身像」に相当する。獣頭人間型で表現された福音書記者像は互いに向き合い、手をかざしたり、指を立てたりするなどのポーズをとる。これは、フォンテーヌによって聖会話“sacra conversazione” に喩えられ、その後も呼称として引用されている。J. Fontaine, L’art préroman hispanique, vol. I, Paris, 1973, p. 379.■写本テキストの分析から『1162年の聖書』は『960年の聖書』と共通の写本をモデルにしていたことが指摘されている。J. Williams, “A Castilian Tradition of Bible Illustration, the RomanesqueBible from San Millán,” Journal of the Warburg and Courtauld Institutes, 28, 1965, pp. 66−85.■『920年の聖書』ではマルコと明記された章句一覧の上にマタイのシンボルが置かれる(ff.150v.,(黙示録4章6−8節)と、四福音書記者像が同じものとして描かれているのである(注16)。この点においてもこの福音書記者像の表現は、旧約聖書と新約聖書のイメージを常に付された図像であるともいえる。このヨブ記とモーガン写本とは、類似の図像や巻頭の構成から非常に緊密な影響関係にあるとされている(注17)。これらの写本との影響関係を論じるにあたり、『960年の聖書』の対観表の福音書記者像構成に対してもまた、写本の見開き構成、左右のページの対応関係、という共通点が指摘できそこではエゼキエルの幻視(エゼキエル書5章1−2節)とヨハネ黙示録の活き物るのではないだろうか。10世紀のイベリア半島はカロリング朝の福音書写本の影響を受けて、写本挿絵が大幅に変更された移行の一時代である。『960年の聖書』の福音書記者像は、カロリング朝伝来の獣のシンボルとイベリア半島の伝統的な獣頭人間型という表現とをミックスさせ、それぞれの多義的なイメージを巧みに利用しつつ重層的な意味を担わせ、極めて意義深く生命力のある象徴表現を生み出したのである。本来、福音書写本の冒頭を飾る対観表が一巻本の聖書写本に挿入され、さらにそれらが福音書の章句、すなわちキリスト伝についての説話的なイメージを表す。これは、新約聖書の挿絵がほとんどない『960年の聖書』(注18)において、福音書の説話的な図像を先取りするものでもあった。対観表の福音書記者像の生き生きとした表現は、獣のシンボリズム、とりわけ、獣頭人間型という特徴的な表現に負うものが大きいといえよう。
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