鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
375/543

?デューラー作『テレンティウス喜劇』素描(1492年)の筆跡調査報告―367―研 究 者:獨協大学 外国語学部 専任講師  青 山 愛 香はじめに執筆者は、今回鹿島美術財団の助成を受け、アルブレヒト・デューラーが遍歴時代(1492−1494年)にバーゼルで制作した『テレンティウス喜劇』の挿絵素描(バーゼル市立美術館所蔵)の筆跡調査を行った(注1)。132枚の『テレンティウス喜劇』挿絵(注2)は、現在でも一部の挿絵において、デューラーの真筆が疑問視されている。版木の上にペン素描の状態で現存する極めて貴重な同作品は、これまで100年にわたってデューラー一人による素描か、工房作品かで論争されてきた(注3)。この問題に決着をつけるためには、作品の筆跡分析が不可欠であるが、従来の研究にはこうしたアプローチは全く見られない(注4)。以下、今回の調査によって明らかになった、この挿絵素描の線描におけるデューラー的要素を、いくつかのポイントに絞ってまとめてみたい。Ⅰ『テレンティウス喜劇』素描における平行線の集積についてここでまず、今日『テレンティウス喜劇』素描をデューラー一人の作とする、C.ミュラー(1997年)の分析をまとめたい。ミュラーは、「アンドロスの女」第二幕第一場(Z. 430)〔図1〕と第二幕第二場(Z. 431)〔図2〕の二枚の挿絵を例にあげて、これらの挿絵に混在する異なる線のタッチの性質を指摘している。第二幕第一場(Z.430)の場合は、線描は非常に繊細で、細く、人物の輪郭は短い線で描かれている。例えば、画面右端カリヌスのマントのモデリングは、点で施されている。しかし一方の第二幕第二場(Z. 431)では、人物は大胆な線で輪郭が取られ、画面左端のカリヌスはマントと右足は細い線で描かれるが、上に持ち上げられた左腕は非常に太い線で描出され、左足の膝、脹脛は太く、流れるような線で描き、画面中央に立つパンフィルスの右足も、脹脛から踵にかけて修正されたペンの跡が残されている。このように、大胆な線と慎重に一歩一歩確かめるように引かれた線、修正の線を残した勢いのある場合と、丁寧に引かれた線が全ての挿絵を通じて交互に現れる。こうした異なる線描の性質が全挿絵を通じて繰り返されることを根拠に、ミュラーはこれらの素描が一人の画家、すなわちデューラーによると強調する(注5)。今回執筆者は、全ての挿絵素描の線描に等しく、共通して見られるデューラー的要素を探すことにした。そして特に注目したのが、132枚に一貫して見られる「平行線

元のページ  ../index.html#375

このブックを見る