鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
377/543

―369―例えば1497年頃の一枚刷り木版画「獅子と闘うサムソン」(B.2)〔図8〕でも、『テレンティウス喜劇』素描と同一の、流れるような、時にはモティーフの輪郭線から溢れ出るような、密度のある、勢いのよい平行な線が、ライオンならびにサムソンの足先に付けられているのである。Ⅲ 衣服の裾と画面の下枠の間に用いられる斜線次に人物の衣服の裾と、画面の下枠の間に用いられる平行な線の効果を指摘したい。デューラーは遍歴時代に、バーゼルの前に恐らくネーデルラントを訪れており、バーゼル時代から既に初期ネーデルラント絵画の造形原理を応用している(注10)。その1つの要素を、画面の下枠に接するドレパリーの造形に見ることができる。床を画面に対して斜め上に立ち上がる斜面として描出する初期ネーデルラント絵画においては、女性の衣服のドレープは、ファン・アイクの「アルノルフィニ夫妻の肖像」において見られるように、しばしば画面の下枠の方に、男性の足元よりも低い位置に向けて、垂れ下がるように広げられる(注11)。デューラーはこの造形原理にゴシック的な「着衣人物像(Gewandfigur)」の要素を加え、画面の下枠の上に接するように描かれた衣服の裾の襞に非常に豊かなヴァリエーションを生み出した。『テレンティウス喜劇』挿絵の場合も、計47場面(注12)に、女性人物像ならびに男性人物像のマントの裾が画面の下枠の上に直接のるように、様々な形で広げられている挿絵を見ることができる。例えば「アンドロスの女」第一幕第五場(Z. 429)〔図4〕では、画面左手に立つ女性の複雑に折り畳まれた襞の中央部分が三角形の頂点を下にした形で画面の下枠の上に直接乗せられている。そして、それ自体が表現目的になっているこの襞の形態を強調するために、襞の先端部分は多くの場合白く残されて凸面が強調され、それを際立たせるために、周辺に平行に斜線が引かれて凹面が準備される。この特徴的な下枠と、ドレパリーの裾の関係は、その後デューラーの一枚刷り木版画「聖カタリナ」(1498年頃)ならびに『マリアの生涯』シリーズの「神殿で捧げものを拒絶されるヨアキム」(B. 77)〔図9〕、「マリアの結婚」(B. 82)等にも全く同じ造形原理で繰り返し登場する。いずれの場合も衣服の襞の先端は幾重にも折り畳まれ、そのうちのいくつかは画面の下枠の上に直接のせられている。そして、このドレパリーの先端に光を当て、その形を際立たせるための凹面として、平行に引かれた斜線が画面の下枠と裾の間を埋めるように用いられているのである。

元のページ  ../index.html#377

このブックを見る