鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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―370―「義母」、「ポルミオ」の中で、シリーズ中最も早い時期に描かれた「アンドロスの女」においては、二枚の挿絵を除いて、第二幕第一場(Z. 430)〔図1〕のように、人物像の足元と建物の影は、画面上それぞれ分離して描かれている。しかし、二枚の挿絵第一幕第二場(Z. 426)〔図3〕と第一幕第四場においては、建物の影が、人物の輪郭を際立たせるために用いられている。「アンドロスの女」第一幕第二場においては、Ⅳ 建物の陰影線このように男性人物像ならびにドレパリーの裾を際立たせるための凹面を生み出すほかに、人物を背景から浮かび上がらせる暗部として、平行な線の集積が用いられることがある。これは、建物の立地点につけられた影としての平行陰影線が、人物の背景まで拡大されたケースである。『テレンティウス喜劇』の六作品「アンドロスの女」、「宦官」、「兄弟」、「自虐者」、画面左端のダーウスの背後に建築モティーフがあり、その建物と地面が接している部分に画面に対して平行に線が引かれている。だが、その線の束は他の挿絵に見られるように、一定の枠の中で刈り込まれたように引かれているのではなく、ダーウスの腰から脹脛の輪郭まで延長され、ダーウスの白く抜かれた衣服とその輪郭を際立たせるための暗部となっている。更にこの平行に引かれた線は延長され、ダーウスの腹部から左足の爪先まで輪郭に沿って引かれることで、ダーウスの下半身は暗部から白く、浮き彫りにされている。木版画の下絵素描としては、『ウルムのテレンティウス』〔図7〕のように、人物の輪郭のみを線描し、その輪郭が白い背景から浮かび上がるように描画した方が画面は明瞭である。しかしデューラーは、1492年の一枚刷り木版画『ライオンの棘を抜く書斎の聖ヒエロニムス』(M. 227)に見られるように、既にこの時期から木版画において人物像にいかに彫塑性を持たせるか、という問題に腐心しており(注13)、第一幕第二場の挿絵においても、木版画の下絵素描としての機能よりも、人物像をいかに背景から立体的に浮かび上がらせるかという、自分の興味を優先させているのである。平行線の束によって暗部を作り、人物に彫塑性を与えようとする意図は、明らかに最初の連作「アンドロスの女」ならびに「宦官」よりも、シリーズが進んだ挿絵群においてより顕在化してくる。従来の研究で問題にされたように、連作が進むにつれ、人物は頭が大きく、胴体と手足は短くなっていくが、人物を取り巻く周辺の線描は、逆に自由に伸びやかになっていく〔図6〕。レーマー(1925年)は『テレンティウス喜劇』素描について初めて包括的な研究を行ったが、そこで彼がデューラー作の代表としてあげたのが「アンドロスの女」第二幕第一場(Z. 430)〔図1〕、そして工房の

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