鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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―371―職人の作品として比較に出したのが「ポルミオ」第四幕第四場(Z. 528)〔図5〕であった。レーマーは、画面右端の人物のポーズが類似していることに注目し、「ポルミオ」の作者が、「アンドロスの女」のデューラーによる挿絵を「写し絵(pauschen)」したために、輪郭がぼやけ、膨張したような人物になったと考えたのである(注14)。だが、平行に引かれた線に注目した場合、明らかに「アンドロスの女」よりも「ポルミオ」の挿絵の方が進化している点に気付かされる。「アンドロスの女」第二幕第一場では、画面右端の人物像は、『ウルムのテレンティウス』の挿絵と同様に、線的に描かれた背後の建物とは無関係に、白い背景の中に、人物像の輪郭線が浮かび上がるように描かれている。人物の背後にある建物の足元に引かれた平行線も、刈り込まれたように短く、建物の足元の輪郭を縁取る程度に留まっている。ところが、「ポルミオ」第四幕第四場では、「アンドロス」の女では人物の背後で、平面的な書割に留まっていた建造物が、画面の中央に据えられ、その筒状の形を生み出す影が、同時に人物の顔や腕、手、太腿の輪郭を浮かび上がらせる暗部として巧みに転用されているのである〔図5〕。一方建物の足元につけられた平行線の束は、人物の右足太腿から臀部を強調する効果がある。それは画面に奥行きを与えるために描かれた、建物に付けられた影でありながら、同時に人物を浮かび上がらせる、画面に対して平行な、垂直に立ち上がる空間層を形成している。このような線描の性質に注目するならば、レーマーが他の職人の作品と位置づけた挿絵の方が、素描としてはるかに発展した様式を示していることが分るのである。シリーズの初めにおいては、デューラーは登場人物の「見取り図」を作る(注15)ことに集中していたが、次第にいかに画面に明暗効果を使いながら、人物を背景と結びつけるか、という関心に移っていく。ここで、平行に線を重ねる効果が、デューラーの後の作品にどのように発展してゆくのか、具体的な作品を挙げたい。デューラーが第一次イタリア旅行(1494年)前後にマンテーニャの銅版画を「写し絵」した素描「海神たち」(W. 60)(ウィーン、アルベルティーナ美術館)〔図10〕は、平行線の重なりの効果が最大限に発揮された素描の一枚である(注16)。マンテーニャを模写したデューラーの神々の肉体は、マンテーニャと比較して、はるかに線の密度を増し、クロスハッチングも多用しながら、肉体の最も明るい部分から暗い部分に向けて、柔らかいモデリングが施されている。そして人物以外の部分には、画面上部の草むらから画面下の水の表面にまで、一貫して平行線の重なりが見られる。ここでもその流れるような、勢いのある線の集積は、画面にハイライトと最も暗い部分の中間の諧調を与え、マンテーニャの銅版画と比較するまでもなく、見事に人物の肉体を背景から浮き上がらせる効果を発揮している

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