鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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―372―(注17)。木版画において平行線の効果が最大限に活かされた作品の一つが、デューラーの木版画連作中、最も重要な作品の一つ『黙示録』(1497年頃)である。特に「竜を退治するミカエル」(B. 72)〔図11〕の場面では、画面中アシンメトリーな位置で、体を捻って戦うミカエルの両膝にはハイライトが当たり、その部分はあたかも浮き彫り彫刻のように画面から突出してくるが、その人物像のハイライトを活かす黒い背景の地をなしているのが、「平行陰影線Parallelschraffur」なのである(注18)。このようにデューラーの木版画の大きな特色である、「画面に白く残された部分が物体に当たった光を表現する」という原則(注19)は、デューラーが初期に制作した木版画下絵素描『テレンティウス喜劇』から十分に実験を重ねながら『黙示録』まで発展させていったことが明らかになった。デューラーは遍歴時代から既に画面における明暗の効果によるモティーフの際立たせ方を模索していたのであり、この時代を土台にして、後の木版画連作『黙示録』、『マリアの生涯』、『大受難伝』は生まれたのである。まとめ執筆者は、『テレンティウス喜劇』素描における「平行陰影線」という線描の性質に注目することによって、従来の研究では明らかに見落とされていたデューラー的要素をこれらの挿絵に見出すことができた。今回の調査によって、デューラーの遍歴時代の木版挿絵『テレンティウス喜劇』連作にこの線描が既にシステマチックに用いられていることを指摘することができ、初めて同作品をデューラー木版画の発展史の中に位置づけることができたと考える。『テレンティウス喜劇』素描がデューラー一人の手による作品であるとするならば、次に考えるべき問題は、1504年に人体の完璧なプロポーションを銅版画「アダムとイヴ」(B.1)において構築したデューラーが、なぜこれほどプロポーションの異なる人物像を『テレンティウス喜劇』挿絵において描いたのかという点である。しかし、デューラーが画業の出発点から理想のプロポーションの人物像を目指したはずであるという前提は、古典古代の人物像を絶対的な美のカノンとする19世紀的な見方であって(注20)、改めてデューラーの画業の出発点を別の視点から位置づけ直さなければならないであろう。

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