注バーゼルの『テレンティウス喜劇』素描が初めて出版されたのは、D. Burckhardt, AlbrechtDürers Aufenthalt in Basel 1492−1494, München/Leipzig 1892においてであるが、ブルクハルトはシリーズ中「アンドロスの女」と「宦官」のみをデューラー作として、この二つを掲載した。デューラー素描カタログを編纂したF. Winklerは、Die Zeichnungen Albrecht Dürers, Vol.1−4,Berlin 1936−39においては、同素描は一切収録していない。唯一W. L. Straussが編纂した素描カタログThe Complete Drawings of Albrecht Dürer, Vol.1−6, New York 1974において、全ての素描が掲載されているが、印刷が非常に悪い。以下、本論文では、『テレンティウス喜劇』挿絵をバーゼル市立美術館の所蔵分類番号にしたがって表記する。 バーゼルの『テレンティウス喜劇』挿絵は、版木が現存するのは132枚である。そのうち彫られた版木が5点、版木は失われているが、木版画として印刷された状態で存在するのが7枚ある。版木の後ろにつけられた通し番号から、現在では失われた版木が8枚あると考えられ、制作当初は、全部で147枚の挿絵があったと考えられる。木版挿絵はAlbrecht Dürer. Dasdruckgraphische Werk Bd. III Buchillustrationen München 2004, 40−49頁を参照のこと。版木は梨の木材で、大きさは縦9. 2×横14. 7cm、厚みは約2. 3cmある。表面は削って白い下地が塗られており、素描は黒いペンで描かれている。■現在でもデューラーが一人で描いたとする説と、工房説が存在する。デューラーを作者とする説は、E. シリング(E. Schilling, Dürers graphische Anfänge, die Herleitung und Entwicklung ihrerAusdrucksformen, Kiel 1919)、F. アンツェレフスキー(F. Anzelewsky, Motiv und Exemplum imfrühen Holzschnittwerk Dürers. Phil. Diss., Ms., Berlin 1955)と、現在のバーゼル市立美術館学芸員のC. ミュラー(C. Müller, Zeichnungen auf Holzstöcken für eine mit Holzschnitten illustrierteAusgabe der Komödien des Terenz, um 1492, in: Kat. Dürer Holbein Grünewald, 1997, 98−109頁)に、一方工房説は、H. ヴェルフリン(H. Wölfflin, Die Kunst Albrecht Dürers, München 1905)、E. レーマー(E. Römer, Dürers ledige Wanderjahre, in: Jahrbuch der(königl.)preussischen Kunstsammlungen47, 1926, 118−136頁; 49, 1927, 77−120頁, 157−182頁)、E. パノフスキー(E. Panofsky, The Art andLife of Albrecht Dürer, Princeton 1943, 46−47頁、中森義宗/清水忠訳、1984,26頁)、そして現在ゲルマン博物館学芸員のR. ショホ(R. Schoch, Albrecht Dürer. Das druckgraphische Werk Bd. IIIBuchillustration München 2004, 37−39頁)に代表される。デューラー作とするC. ミュラーは、線描に見られる統一的な様式を根拠にデューラー一人による挿絵であるとしている。一方工房作とする説で一貫して主張されるのは、挿絵の人物のプロポーションの不安定さであり、レーマーは、頭部が小さく手足が長い人物像をデューラー作とし、残りはデューラーの挿絵を転写したほかの職人の作としている。■唯一上述のC. ミュラーがデューラーの線描の性質について言及しているが、「アンドロスの女」■Müller, 1997, 101頁を参照。■Müller, 1997, 101頁を参照。■この線描の分析は実地調査と同時に、バーゼル市立美術館から提供された写真資料によって初―373―■『テレンティウス喜劇』につけられた挿絵は古代末期から存在した。現存するテレンティウス写本は9−12世紀のもので、古代末期のプロトタイプを忠実に反映する挿絵グループには、扉のモティーフは描かれているが、背景に建物はない(L. W. Jones/ C. Morey, The Miniatures of theの二枚の挿絵のみ具体的に分析しており、説得力に欠ける。めて可能となった。
元のページ ../index.html#381