―393―じゅうどこでも接することのできる手軽な「古典古代」のエッセンスとなり、冒頭に記した「特殊の一般化」を促進することになるだろう。試みに、美術系予備校の現有石膏像リストを見てみよう(注6)。10体以上所蔵されている西洋彫刻の模像は以下の通りである。《ガッタメラータ》《シーザー》《ジョルジョ》《ストロッチ》《パジャント》《鼻欠け》《ブルータス》《ヘルメス》《マルス》《モリエール》《ラオコオン》《ラボルト》《ランパン》。騎馬像、全身像などスケールの大きい原作も、すべて胸像か頭像に切り詰められている。明らかに、工部美術学校の所蔵品が示したのとは別の「古典古代」が披瀝されている。およそ1世紀のあいだに、石膏像の種類、そしてそれらが呈示する古典古代の規範もすっかり様変わりしてしまったことが窺えよう(注7)。イタリアの事例前章で見たように、工部美術学校コレクションが醸す新古典主義的な古代趣味は、その後、東京美術学校/東京芸術大学が先導する近代美術史学的な(そしてルーヴル美術館の所蔵品を軸とした)石膏像群の導入によってほぼ淘汰されたが、果たして工部美術学校の教師たちの国、イタリアの美術教育の現場では、そもそもどのような石膏像が展示活用されていたのだろうか。石膏模像が産業化し、国際的に流通する以前の状況を考察するべく、ローマの二つの施設、在ローマ・フランス・アカデミーとローマ美術アカデミーを訪れた。周知の通り、古代彫刻をコピーし、一括収集するという発想はフランス国王フランソワ1世によるものであった。ローマ賞受賞作家を本国から迎え続けた在ローマ・フランス・アカデミー(Académie de France à Rome)にもローマ内外から彫刻複製が集められ、古代研究の中心となっていた。同アカデミーは1803年からはヴィッラ・メディチを拠点として美術・音楽・演劇等の活動を支え、現在に至っている。同施設内では、石膏模像は装飾的要素として現在も室内各所に展示されている。修復活動も継続的に行われているようだ。しかし、個々の石膏像に関するドキュメンテーション、初期のコレクションに関する記録は、いずれも入手し難い状態であった。状況を端的に示すのは石膏像保管庫である。日本で広く普及する《アリアス》〔図1,2〕や《ヘルメス》の存在など、興味深い内容ではあったが、保存状態は一様ではなく、さらなる整備が必要であるように感じられた。いっぽう、ローマ美術アカデミー(Accademia di belle arti di Roma)では、石膏像はやはり室内各所に装飾的に配されてはいるものの、じっさいの素描教育に現在も活用
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