■「保全」時代―435―この筒形の器形が何に基づいたものかは不詳である。胴部の主文様である瓢箪形の窓は本歌祥瑞にみられず、保全の創意によるものと思われ、地を毘沙門亀甲文で埋める手法については、小型の香合や香炉〔図7〕に多くみられる。祥瑞以外に特筆すべきは、「金襴手四方入角食籠」など金襴手の作品である。「金襴手四方入角食籠」〔図8−1〕は明代万暦官窯の方形盒〔図9〕を器形のモデルとして、外面には赤地金彩で龍や鳳凰、石榴、鳥などを表わしている。一方、内面〔図8−2〕はいわゆる祥瑞文様で埋められている。側面を器形に沿って縦方向に区切り、瓔珞文と片身変わりの幾何学文を交互に配し、中央の円形の窓枠内には中心に「河濱支流」印を捺し、松竹梅の吉祥文で囲んでいる。食籠の蓋を開けた時に、意匠と色彩の対比で意表をつくという、茶道具らしい趣向の作品といえる。「善一郎」時代には、交趾をはじめ、染付や金襴手など、中国陶磁写しに関わる技術が完成し、それらの技法や装飾を自在に組み合わせることによって作品が生み出されている。特に評価の高い金襴手の作品については、保全独自の様式として完成の域に達しており、永楽善五郎家の金襴手様式の基礎となっていくものである。また保全個人の交友関係や茶道全般への幅広い視野は、その制作に大きく反映されている。この時代の祥瑞写しには「祥瑞写芋頭水指」「祥瑞写捻文茶碗」などがある。「祥瑞写芋頭水指」〔図10〕は「善五郎」時代の作に比べ、一層洗練された作行きである。器形は同じ芋頭形だが、胴の膨らみはやや上部に移動して、美しい曲面が強調され、主たる胴部の文様構成にも変化がみられる。ここでは祥瑞の特徴である幾何文様や花鳥文の枠取りが、捻花形を変化させたと思われる「捻り三角」とでもいうべき区画となり、本歌よりも「祥瑞」らしさを感じさせる意匠となっている。金襴手は「善一郎」時代に引き続き、嘉靖〜万暦期の青花や五彩磁器に基づく雲鶴文や龍文を基調とした赤地金襴手が主流である。その中にあって特異な作行きを示すのが「金襴手四ツ目結桐紋天目・飲中八仙人図重茶碗」である。この茶碗は箱書により、弘化4年(1847)暮れに行なわれた北三井家7代高就の還暦祝いに際して保全から贈られたものと分かるが(注8)、注目したいのは下敷の平茶碗である〔図11〕。器形は平たい天目形で、腰より下は土見せのように作り、ほかは内外とも赤地金襴手の意匠だが、内側には、赤地金襴手の下に染付で梅樹鳥文を描き、部分的に染付の濃塗りや白抜きで白磁の色を見せている。ここには金襴手の手法に祥瑞を融合した独特の
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