1940年代のアメリカ美術における絵文字的表象に関する研究―443―研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程 岸 みづき本研究は、アメリカ、ニューヨークにおいて1940年代に起こった、絵文字(ピクトグラフ)に関連する美術活動を対象とし、考察を行うものである。一般に、この時期は1950年代に最盛期を迎える抽象表現主義の形成期と考えられている。抽象表現主義の絵画は、その名のとおり「抽象的」な作品を主体とするが、1940年代にはこのほとんどの画家たちは形象的な作品を制作していた。先史時代やアメリカ先住民の絵文字に関連した作品もまた、そうした時期に生み出された。たとえば、ジャクソン・ポロックやインディアン・スペース・ペインターと称される一群の画家たちは、先史の絵文字を模した形象を数多く描き、アドルフ・ゴットリーブは「ピクトグラフ」と呼ばれる絵画シリーズを制作した。またバーネット・ニューマンは1947年に「表意文字の絵画 Ideographic Picture」というタイトルを冠した展覧会を組織するなど、当時の絵文字への関心の高さが推測される。ところで、抽象表現主義の形象的側面は、モダニズムの枠組みの中では軽視される傾向にあった。その一方で、主題解釈を試みる一部の研究者たちは形成期の作品に焦点を当て、その図像的源泉に関心を寄せている。こうした形式論的アプローチと図像解釈論的アプローチは、現在まで平行線をたどっており、結果的に形成期と完成期の連続性を明確にした研究はいまだ見られない。「絵文字」の存在は、これまでの形式論対図像解釈論、抽象対具象という二項対立の図式ではとらえ切ることがむずかしい。絵文字が誘発する「読む」という行為が、上記の図式とは異なる非絵画的なフィールドを開くからである。そこで本研究では、絵文字およびそれに関連するキーワードを通じて1940年代のニューヨークで展開した美術的状況を再検討することを目的とした。具体的には、この問題を従来のようにプリミティヴィズムの枠内でのみ捉え、具象的傾向の中に押しこめるのではなく、抽象表現主義の形成期から完成期へのプロセスの中で捉えなおしたい。その際、アジアの近現代美術における「近代性」の生起を、欧米の美術の移動と吸収同化そして相対化というプロセスとして包括的に論じたジョン・クラークのアプローチを参考にした。その理由は、このアプローチによって、最終的には抽象表現主義の形成期と完成期を、同一の次元において論じる可能性が開けると考えたからである。なお、本研究は、複数の作品や言説を対象として調査研究を行うものであるが、本報告論文ではゴットリーブの「ピクトグラフ」シリーズに焦点を絞り、考察する。
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