鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
456/543

―448―とCが共存することにより、結果としてデペイズマンが相対化される。D)以上のグこうした一貫した解釈システムの不在により、これまでの研究では断片化、不定形化された形象を「復元」し、その図像的源泉と思想的背景を特定することが中心課題となってきた。しかし、一貫した解釈システムの欠如こそが、同シリーズの最も重要な特質であり、問題とすべき部分であると筆者は考える。というのも、そうした状況は、ヨーロッパのモダン・アートとの接触に端を発する、様々なレベルでの相対化の結果生じたものであるからだ。以下ではそのプロセスを辿る。ジョン・クラークは、アジア諸国において欧米との文化的接触によって生じる相対化、もしくは他者化otheringの、非常に複雑なプロセスを仔細に検討し記述したが、そのプロセスを概略すれば次のようなものになる(注13)。美術作品やその解釈言説がある文化から別の文化に移植されるとき、相対化(他者化)、移動、吸収同化、変形、刷新、さらに二重の他者化いったプロセスが生じる(順序は不同)。そして、そうしたプロセスの初期の段階を形成するのが、「別種共協存的なもの」すなわちハイブリッドなものである。このハイブリッドな状況は、文化の接触面で生じ、受容者側の文化において、発信者側の文化の言説を変形する。この結果、「権威となるコード」が瓦解し、系統上の正統が不在となる。そして、その曖昧な状況に耐えられなくなったとき、さらなる相対化が起こり、新たな権威が確認され、それを媒介する作品や言説が誕生するのだという。このプロセスを、1940年代のアメリカ美術の状況に照らしてみるならば、1940年前後には、戦禍を逃れヨーロッパより多くの芸術家がニューヨークへ移動したことが、重要な接触面を構成する。そこにはモンドリアン、ブルトン、エルンストも含まれており、ゴットリーブらの身近で制作をし、展覧会や雑誌の出版などの活動を行った。一方、合衆国内では、「インディアン・ニューディール」の一環でアメリカ先住民の文化が積極的に紹介され見直されていた。そしてゴットリーブの作品に次のようなプロセスが発生するのである〔表〕。A)1940年前後のモダン・アートの移入により、アメリカにおいて30年代まで主流を占めていたリージョナリズム〔図9〕の、具象的様式による再現的表象を相対化、他者化する。B)これにより、ヨーロッパのモダン・アートの中でも最も前衛的な運動のひとつであったシュルレアリスムを吸収同化する。C)Bに並行して、Aにより、具象的形象を変形(不定形化、断片化)する。Bループとは別に、前衛芸術との接触により、様式化したキュビスム的形式が主流を占めるアメリカの慣習的な絵画形式を相対化する。E)絵画とは別領域に属し、「絵」と「文字」の中間形態をなす、絵文字という枠組みが導入される。F)Eと同時に、

元のページ  ../index.html#456

このブックを見る