鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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―456―〔図7〕も夏の景である。樹幹には濃淡の藍色の絵具を吹き墨のように吹き付ける。いずれも『玄圃瑶華』以降の出版だが、大典と田原勘兵衛との繋がりが窺われる。出版でも大典の協力があったと予想される。以上の若冲の絵と大典の詩からなる「乗興舟」『素絢帖』『玄圃瑶華』は、二人の合作といえる。絵に詩が添うことにより、モノクロームの画面がさらに情趣溢れる世界へと展開した。特に冊子形式の『素絢帖』と『玄圃瑶華』は、漢詩と絵図を併せ鑑賞する賞玩形式の版本の盛行と深く関係するものだろう。若冲と大典は賞玩形式に倣い、さらに拓版画という表現技法を採って中国趣味溢れる画帖に仕立てたのである。そして、『素絢帖』と『玄圃瑶華』の跋文は大典の人脈から選ばれた人物に依頼され、後者の出版にも大典の力添えがあったことが確認できた。これら拓版画制作と出版を経て、若冲は多色摺の「花鳥版画」を創作することとなる。3、「著色花鳥版画」「花鳥版画」を六枚揃いで所蔵するのは平木浮世絵財団のみで、ハンガリーのフェレンツ・ホップ東洋美術館が「青桐に砂糖鳥図」一枚を所蔵する。明治時代に木版摺で復刻したものもあるが、違いは明瞭である。印章は各図異なり、「雪竹に錦鶏図」の「明和辛卯」(朱文方印)から、明和8年(1771)の制作と知られる〔図4〕。「椿に白頭図」〔図5〕はシマヒヨが椿に飛翔してきた春の景で、六図のうち最も単純な構成から初発性が高いだろう。葉は先が茶色く変わり、丸い虫食も見られ、葉の表面には梨地風の微細な白点がある。モティーフの輪郭線は白く抜かれ、その上に茶褐色の線が重ねられている。拓版画の表現を意識したものか、背景はむらのない漆黒である。「青桐に砂糖鳥図」〔図6〕は実のなる青桐にサトウチョウがとまる夏の景。サトウチョウとはインコ科のスズメ大の鳥で、江戸時代、観賞用に輸入されていた。サトウチョウと青桐の実は暈しにより柔らかな色合いを呈し、葉には同様に病葉や虫食、微細な白点がある。ダルマインコがとまる樹幹の陰から薔薇が伸びる「薔薇に鸚哥図」本図だけ茶褐色の輪郭線が摺られていない。幹のギザギザとした表現は、若冲が水墨画でしばしば用いたものである。「櫟に鸚哥図」〔図8〕はショウジョウインコが団栗をつける枝に羽を休める秋の景で、櫟の葉には同様に虫食や暈しを施し、肥痩のある輪郭線で変化をつけている。「雪竹に錦鶏図」〔図9〕は雪積もる竹に鮮やかなキンケイが佇む冬の景。キンケイの華やかな羽模様は色を重ねたり、暈したり、複雑に構成している。土坡には藍色を吹き付ける。竹にも微細な白点があり、葉の先は白く暈され、竹に積もる雪は褐色を帯びた白い絵具で摺られている。装飾の見事な止まり木に

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