鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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―479―鈿を用いないオランダ好みの影響を感じさせる。また、蒔貝の地に巴文を連続させた縁取りは、それまでの南蛮様式の装飾に見られないものである。次に、移行期の後半、つまり1640年代から1650年代の制作と考えられるキンズバルト城(CR)の箪笥(No.19)を、図版を交えて詳しく紹介したい。縦44.6cm、横67.4cm、総高50.0cmの箪笥で、観音開きの扉を付け、内部に大小10個の抽斗をおさめる。総体に黒漆を塗り、高蒔絵を主体とする多様な技法で文様を施す。まず、扉表から見てみよう〔図1・3・4・5〕。金の高蒔絵による入隅形の窓枠を設け、外を菊紋入りの八角形と四角形を交互に連続させた幾何学的な地文様で埋める。細線は金蒔、菊紋は厚さ0.5mm程度の鉛の板を花心と花弁のかたちに成形し、組み合わせて象眼したもので、花心と16〜17枚の花弁で1つの花とする〔図13〕。窓枠の内に描かれた情景は『源氏物語』の「野分」に取材したものと思われるが、画題に忠実というわけではなく、むしろ宮廷の雰囲気を盛り込んだ風俗画といった感が強い。画面左端に殿舎、縁側に1人の女と虫籠、庭先には縁側の女と向き合う男、庭には草花に手をのばす女と虫籠を持つ女、少し離れて女と虫籠を持つ女が向き合う。人物は金の高蒔絵に付描、顔は恐らく弁柄地に金蒔、髪や目・鼻・口は黒漆であらわす。庭には岩が置き、八重菊・野菊・桔梗・萩・薄・忍草・夕顔が咲く。岩は高蒔絵に金銀の切金と銀の極込、草花は金の高蒔絵・薄肉高蒔絵・平蒔絵に付描と描割の細線、なかでも野菊の花は金蒔絵の他に、成形した珊瑚と象牙、および螺鈿と堆錦であらわし、桔梗の花にも緑に染めた象牙を用いる。殿舎と竹垣、その奥の松と楓、画面右端の芝垣に柿の木と5羽の鳥、木に絡む蔦の蔓も、金の高蒔絵を基本とする同様の技法であらわし、竹垣の一部に鉛の薄板、松葉に銀線、柿の木に金銀の切金、実に濃淡色合いの異なる赤や緑の玉を用いる。地面には金銀の切金を散らし、金銀の粉を蒔き暈かす。宮廷の雰囲気を盛り込んだ風俗画は、身の天板にも見られる〔図2・6・7・8〕。中央に川と橋を配し、その右側に屋敷の壁と門、壁の向こうに桜・柳・牡丹、門の内に松と藤、門前には2人の女と子供、川に釣り糸をたれる男女がいる。橋の上では2人の女が向き合い、左側の岸では5人の男女が松に梅の盆栽を囲んで座る。低い垣の向こうに牡丹と梅、手前には岩に桔梗が咲く。技法は蓋表と同様、金の高蒔絵・薄肉高蒔絵・平蒔絵に付描と描割の細線が主体で、牡丹に螺鈿と珊瑚、梅や桔梗に銀の彫金、川縁の石積みに鉛の薄板、空の霞、木や岩の肌などに金銀の切金を用いる。身の左右側面は水辺の景で、右側面には土坡に柳と牡丹、3羽の鷺、流水に蛇籠、左側面には土坡に梅と老木、5羽の水鳥を配する。基本とする技法は扉表や天板と同じだが、蛇籠に錫線を用い、3羽の鷺と2羽の水鳥を金銅金具とする。天板や左右側面におけ

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