鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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―480―四る窓枠の外の空間も、扉表と同じく菊紋入りの八角形と四角形を交互に連続させた幾何学的な地文様で埋めるが、更に一番外側の縁には、約2mm角の正方形に切った銅製鍍金の薄板を用いた石畳紋をめぐらす。では、扉を開けて内部を見てみよう〔図9・10・11・12〕。各抽斗の正面に銀平蒔絵と金蒔による細線で窓枠を設け、各々の内に金銀の平蒔絵と朱漆塗りに付描や針描で、流水に菊と桔梗をあらわす。窓枠の外は2種類の花形を交互に連続させた地文様で埋める。これは意図的に金の梨子地粉を用いたもので、そのため文様の輪郭が甘い。中央の抽斗の石畳文・七宝繋文・南蛮唐草は金銀の平蒔絵であらわす。左右の扉裏は、金銀の平蒔絵による七宝繋文で縁取り、窓枠を設けて、外を抽斗と同様の地文様で埋め、窓枠の内には土坡に牡丹と鶏、土坡に萩・野菊・撫子と鶏・蝶を配する。技法は、草花や土坡を金銀の平蒔絵・梨子地・付描と描割・朱漆塗り、鶏は金の高蒔絵に付描と描割および朱漆と黒漆による細線であらわす。背面は銀の薄板を用いた石畳紋と金銀の平蒔絵による七宝繋文で縁取り、窓枠を設け、外を抽斗や扉裏と同様の2種類の花形を交互に連続させた地文様で埋める。窓枠の内には金銀の平蒔絵・梨子地・付描と描割・朱漆塗りで桔梗・撫子・八重菊などを生けた花籠をあらわす。なお、この箪笥には隠し抽斗がある。中央の鍵付き抽斗を抜き取り、奥に隠された2個の抽斗を取り出す仕組みで、他の抽斗と同様の装飾がきちんと施されている。様式的転換期に位置づけられる作例には、『源氏物語』や『伊勢物語』といった古典文学や中国故事に取材した意匠が多く見受けられる。また、ヴィクトリア&アルバート美術館の「マリア・ファン・ディーメンの箱」に代表されるような特別注文の優品も制作され、VOCの意向を反映した新しい様式の確立を促した。キンズバルト城(CR)の箪笥(No.19)は、幾何学的な地文様で窓枠の外を埋めるという南蛮様式の要素を残しつつも、明らかな変化を示す作品である。技法は平蒔絵と螺鈿ではなく高蒔絵を中心とするものであり、窓枠内の文様も空間を充填するのではなく絵画的に描かれている。しかもその一方で、17世紀後半におけるオランダ好みの輸出様式の装飾には見られない特異な技法も多々認められ転換期の傾向をよく示している。最後に、VOCによる日本漆器の公式購入の最盛期である17世紀後半に位置づけられる輸出様式の作例のうち、稀有な形態を有する作例としてキンズバルト城(CR)の一対の大壺(NO.26)を簡単に取り上げておこう。総高64.6cm、最大径35.0cm。面取りを施した八角の壺で、総体に黒漆を塗り、四つ

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