鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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-杉浦非水のポスターデザイン――1920年代を中心に―――42―“異文化”体験といえるものであった。またそれは、翻って日本におけるポスター環研 究 者:宇都宮美術館 学芸員  前 村 文 博はじめに本研究は、日本のモダン・デザイン界の草分けである杉浦非水のポスターデザインに関するものである。とりわけ、これまであまり詳細な考察がなされなかった非水のヨーロッパ遊学(1922年11月〜1924年1月)に焦点を当て、近年発見された遊学時代の日記(現在は愛媛県美術館所蔵)とその際に非水が蒐集したと推測されるポスターの作品調査に基づきながら、この滞欧体験が非水のデザイン活動にいかなる影響を与えたのかを検証していく。さて、これまでのポスター史をはじめ日本近代デザイン史研究の多くが、西洋からのモダンデザインの受容を論じるにあたり、とりわけ様式の移入という側面を強調するむきが少なからずあった。しかし実際のところは、ポスター作家たちはデザイン制作に際し、造形性のみに固執しているわけではなく、クライアントの意向さらにはその時代の社会的背景などを十分考慮し、告知すべき商品やメッセージを観者に向けていかに効果的に伝えることができるのかを試行錯誤しながら、デザインをおこなっている。非水の滞欧体験の意義を的確にとらえるには、このようなデザインというジャンルが有する重層的な成立背景をまずもって踏まえる必要があろう。以下で詳細に論じていくが、非水のヨーロッパでの活動は決して最新様式の追尾に終始するものではなく、ポスターが人々の日常の生活環境に深く根ざし、またデザイナー側も制作に当たってその点に十分に意識的だった同時代のヨーロッパのポスター文化を目の当たりにした境に対して客観的な視座を与えるものであり、さらには非水が、<絵画>とは本質的に異なるポスターデザインのあり方を体得していく重要な契機となったのだ。このような研究は、デザインというジャンルの背景にある社会的・文化的な視点を明確に踏まえることによって、様式史としての近代美術史に無自覚に準拠するきらいがあった従来のデザイン史観の問い直しというさらに大きな問題系とおのずと向き合うことになるだろう。

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