―503―中央に赤や緑で彩色を施し、繧繝彩色の最外区に地色を残して輪郭を赤で描き起こす、ほりぬりの技法が用いられる。彩色や荘厳の繊細な感覚は、蓮華座や白象の鞍や障泥、面繋、尻繋などにも見られ、小品ながら丹念な仕上がりとなっており、やわらかな彩色に精緻な截金、箔押を用いる表現から平安時代後期12世紀に遡る作例と位置づけられる。一方、奈良博本の像容は、『法華経』第28「普賢菩薩勧発品」および『観普賢菩薩行法経』所説、円仁将来の「阿蘭若比丘見空中普賢影」をもとに、画像に限らず、彫像、経絵中の普賢菩薩影向図等にも広範に広がった合掌騎象形の普賢菩薩影向図によるものである。奈良博本と同時期の画像の作例としては、東京国立博物館本(国宝)、鳥取・豊乗寺本(国宝)など合掌騎像形の優品が現存している。奈良博本は、図像の上では先行する作例や後代の作例の多くと共通し、この時期の普賢菩薩画像として一般的な像容を示していると言える。二 滋賀県・宝厳寺所蔵刺繍普賢十羅刹女図額刺繍普賢十羅刹女図額(重要文化財、以下「宝厳本」と略す)〔図2〕は、滋賀県長浜市・竹生島の宝厳寺に伝来し、縦75.3cm、横42.0cm、宝相華で象られた天蓋の下、画面左方に進む白象上の蓮華座に結跏趺坐し合掌する普賢菩薩と、その周囲に唐装の十羅刹女を配した作例で、鎌倉時代の作例として知られる。暗青色を呈する地は画絹を使用していると見られ、地には刺繍を施さず、普賢菩薩、白象、十羅刹女と荘厳具に刺し縫を主体とした刺繍が施される。現状では、普賢菩薩と十羅刹女は刺繍糸の脱落損傷が甚だしく、顔貌表現や持物等が判然としない。白象は踏割蓮華の上に立って振り返り、その周囲に10人の羅刹女を配し、菩薩の上方には宝相華で象られた天蓋があり瓔珞が下がる。虚空には折枝形の散華が認められる。画面上半に菩薩と天蓋を、下半に白象と十羅刹女を配置し、菩薩の周囲に大きな余白を作る。象の進行方向にあたる画面左下に余白があり、諸尊は右から左へ進む動性を表現しているが、象が振り返る姿勢をとり、画面左の3人の羅刹女が斜め右を向くことにより、虚空に静止したような構図に仕上がっている。宝厳寺本については、合掌騎象形の普賢菩薩の像容が奈良博本に酷似することがすでに指摘されている(注1)。普賢菩薩の下膨れの面差しやなで肩の姿態、頭部が大きくずんぐりとした白象、菩薩と蓮華座と白象のバランスは、奈良博本のそれに近似している。普賢菩薩の両肘外に広がる二条の冠Kの端が波打つような曲線を描く点、象の首の後ろの肉のたるみや扇状に広がる耳、耳から顎下と鼻上をめぐる面繋、鞍の
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