―504―(注2)。こうした奈良博本と宝厳本の図様の間にある微妙な差異について、伊藤氏は、平安時代後期12世紀の他の作例に見られる表現の導入としてとらえ、宝厳寺本は平安時代後期から末期の図像・表現を継承したものと位置づけている。(注3)。縁がハート型の透かしを作る点も共通し、鞍の下の障泥の内区では、奈良博本のそれが暗緑色の地に白緑色のほりぬり技法と赤の彩色の円文で埋められているのに対し、宝厳寺本では暗緑色の地に円文を施す文様表現が認められることなど、図様や文様表現の細部に至る共通性は、宝厳寺本が奈良博本と同様の絵様の下に制作されたことをうかがわせる。一方、両者の相違点については、伊藤信二氏により、普賢菩薩の光背外周の唐草文が、奈良博本で銀截金の菱形を花弁状に配するのに対し宝厳寺本では宝相華文となること、奈良博本の象の障泥の蔦状の唐草文が宝厳寺本にはないこと、象具の飾りが奈良博本では瓔珞なのに対し宝厳寺本では杏葉になること、などの点が指摘されている宝厳寺本の普賢菩薩および白象の表現は、細部に変更があるとは言え奈良博本の図様を受け継いでおり、平安時代後期の仏教絵画の作風を色濃く留めている。像容の継承関係のみならず作風も継承する制作態度には、図像が教義上持ち得た規範性とは別の規範意識がうかがえる。このような奈良博本から宝厳寺本への図様の継承について、増記隆介氏は、奈良博本の普賢菩薩の像容が何らかの「由緒」を有していたことによって宝厳寺本へ継承され、両者に共通の制作環境が存在した可能性を指摘している三 宝厳寺本十羅刹女図の特徴ここで、奈良博本と宝厳寺本の相違点、宝厳寺本に描き加えられた十羅刹女について詳しく見ていく。便宜的に、右前列から後列へ、左前列から後列へ羅刹女に番号をふり、各尊の像容を確認しておきたい。宝厳寺本では、羅刹女右7尊は画面左を、左3尊は画面右を向いて立ち、普賢菩薩を取り囲むような構図をとる。右1は、揚髪にして髷を結い、足を「ハ」の字にして体を開いて立ち、右手は肩付近まで上げ、左手は衣中にして体側にほぼ直角に差し出している。顔をあげて斜め上を向き、腰を前方に出し、合せ襟の上衣を纏い、腹前に垂れる帯の端が揺れ跳ね返るさまに動きがある。右2は、揚髪にして鳳凰を象った冠をいただき、合せ襟の上衣で、俯きがちに立ち、右手の独鈷杵を肩辺りまで持ち上げ、左手には念珠を持つ。右3は、垂髪に先端が前方に渦巻く形の宝冠をいただき、俯いて立ち、右手に袋状の持物、左手に独鈷杵を持つ。右4は、垂髪に花飾をつける冠を
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