鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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―527―装裂(ひょうそうぎれ)や紐にも繊細な美意識を働かせてきた。由緒ある古い文化財ともなれば、高い技術と作法に基づいた特別な絹織物が使われている。私はそうした華麗な美の脇役ともいうべき表装裂に使われる「古典織物」の復元制作を手掛けてきた。1986年以降、取り組んだ文化財は98件、うち国宝、重要文化財は合わせて20件になる。表装裂とは書画作品の保護と装飾を目的として使われる絹織物のことである。日本においては古くから書画と表具を一体で鑑賞してきた。表具は書画の寿命に大きな影響を及ぼすだけでなく、表具によって作品まで違って見えるほどその存在は多大なものといえる。表具は書画の単なる付属品でなく作品を際立たせ守る、いわば書画が装う着物のようなものである。さらに文化財修理における表装裂は書画を制作当時の雰囲気に近づける重要な役割も果たすといえる。今回の講演では古代の絹について考察し、私が復元制作した古典織物のうち文化財修理に使用されたものを紹介するとともに、古典織物に観る日本人の美意識について発表した。2.古代絹の考察表装裂は、物理的な保存性の観点からだけでなく、日本の美術鑑賞の文化に於いても大変重要である。古い絵画、書籍などを鑑賞する時の雰囲気をよりその制作当時に近づけるために表装裂に使われる古典織物は文様や技法を復元するだけでなく、蚕品種・操糸方法・植物染料についても吟味することが必要になってくる。歴史的由緒ある古典織物には経年変化を感じさせない絹糸の光沢と透明感があり、糸に自然の太細があるため経糸方向にまばらな縞があることで独特な表情を出している。私は現在の織物にはみられないそれら古典織物の魅力は蚕品種・繭保存方法・繰糸方法にあるのではないかと考え古代の絹について研究している。講演では蚕の祖先といわれる桑子、朝鮮の古代品種の韓三眠、中国の古代品種の四川三眠、日本の古代品種の青熟、小石丸、中国の現行品種、日本の現行品種、中国の野蚕の8種類それぞれの繭一粒の重さ、繭糸量、繭層歩合、繭糸長、繭糸繊度を計測し古代蚕品種について考察した。この繭糸成績からは古代品種は繭が小さく、繭糸が細く繭糸長が短いことがわかる。次にそれぞれの繭一粒を繰糸し、112.5mごとの繭糸の太さを計り、グラフに表すと古代品種は繭の外層と内層の繊度差があるため直線的な斜線になるのに対して、日本や中国の現行品種は外層と内層の繊度差が少ないため緩やかで山なりの曲線となる。蚕の糸は外層(吐き始め)が太く内層(吐き終わり)が細くなるのが特徴であるが、現行品種は繰糸した時に均一の糸にするため繊度差を少なくする品種改良が行われたことが伺える。つまり古代蚕品種は繭糸長が短く繊度差が大きいため織物に独特の表情を作っ

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