鹿島美術研究 年報第24号別冊(2007)
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―528―ていると考える。次に繭の保存方法によってどのような影響があるか考察した。古代において繭は保存せず生繭から繰糸をしていたため、蛹が蛾になるまでの短い期間しか繰糸できない。そこで生糸が大量に必要となると殺蛹し、長期間繰糸できる繭の保存方法が考えられた。甕に繭を塩漬け密封し、蛹を窒息死させる塩蔵方法と繭を蒸して殺蛹する蒸殺方法である。中国の12世紀の文献には保存の方法によって糸の光沢に影響を及ぼすとも書かれている。また塩が貴重な5世紀の文献にすでに塩蔵すれば糸が繰りやすくかつ強いとの記載もある。私は生繭・塩蔵・蒸殺について研究した結果、大量に必要としないため黄変しにくく光沢に優れた生繭の状態で繰糸した糸を使用することにしている。古代蚕品種の養蚕は絹の専門家の研究グループ多摩シルクライフ21研究会にお願いし、東京の八王子にて飼育し、繰糸方法は高速で糸に負担がかかる自動繰糸ではなく座繰り器でゆっくりした手廻しでふくらみのある糸がひける江戸時代に行われていた繰糸方法を行っている。3.古代蚕品種を使用した古典織物養蚕された四川三眠、青熟などの古代蚕品種を使い古典織物を復元制作している。制作の一例として南宋水墨画の修理に伴う表装裂に古代蚕品種を使用したので紹介した。昭和31年に国宝指定された伝馬遠筆「風雨山水図」絹本墨画淡彩は南宋の宮廷画院の画風の秀作として中国絵画史に高く評価されてきた作品であるが、800年近い伝世の間に、本紙・表具とも無数の折れや欠損、汚れを得て、鑑賞・研究の困難が続いていた。その為、2年間かけ解体修理が行われ、本紙の修理とともに表装裂についても検討された。水墨画等の掛軸装には一文字・風帯、中廻し、上下の3種類の裂が使われるが、これには一文字はあるが風帯がないため一文字を参考に風帯を復元新調する事になった。経糸には青熟の原種25dの生糸、緯糸には青熟交配種の60d中の生糸を使用し羅を製織し二重蔓牡丹唐草紋を印金した。本紙の修理が完了すると、折れと汚れがなくなり、補絹・補彩が施されて画面の状態が良好になり、裏打紙を調整したことによって画面の明度が増し、微妙な水墨表現や絵具の色など絵画本来の表現を鑑賞できるようになった。そのため旧表装裂の中廻し、上下は、そのまま採用するのは相応しくないと考え、新たに時代性を考慮した古典織物を復元することになった。中廻しには12世紀の金襴を参考に萌黄地鳳凰飛紋金襴を復元制作した。経糸に青熟交配種80d片撚練絹を使用した。上下裂は16世紀金襴を参考に焦茶雲気地龍飛紋金襴を復元制作した。経糸には四川三眠交配種42d生糸を使用した。

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