―532―(インド哲学)をはじめとする会場からの発言も積極的になされ、分野や地域を越えの複製による普及という現象がみてとれるが、これは個人主義の展開と軌を一にしている。こうした現象が起きた1300年ごろには、死後の神との対面について、盛んに議論がなされていた。教皇ベネディクト12世による私審判についての教書は、ローマ教会の公式のドグマとなった。ヴェラ・イコンのコピーを地上で眺めると、死後に「視神」に与ることとなり、コピーの前での祈祷に対して与えられる贖宥は、巡礼の「精神化」を促すことにもなった。他方同じ時期に、物質主義的な巡礼や聖像崇敬も大いに盛んであった。聖遺物とイメージとの関係は、地上において神的なものに接したいという願望が増大するなかで、キリスト教における信仰の中心的な象徴であり続けたのである。ヴォルフ氏によれば、14、15世紀はイメージの時代の終わりでも、芸術の時代の始まりでもなく、むしろ、芸術が「神的な力」によって感覚的にも精神的にも激しさを求めた、イメージと信仰との間の魅力的な相互交渉の時代なのである。この後、奥氏が「仏像と人体」という表題の発表をされたが、実地調査と史料渉猟に基づいた極めて実証的かつ斬新な内容であるとともに、キリスト教美術の事例との共通点および相違点を浮かび上がらせるものであった。ヴォルフ氏は我国における仏教美術研究者の水準の高さに感銘を受けられるとともに、今後様々な形での共同研究の可能性を探りたい旨を表明しておられた。休憩後の第二部においては、冒頭申請者が「日本におけるキリスト教の聖像の後生」と題して、ヴォルフ氏の専門の一つであるローマ、サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂のイコンの日本への伝来と、「荊冠のキリスト」プラケットの日本での特殊な転用について論じた後に、ディスカッションに入った。宗教学を専門とするアメリカ人およびドイツ人大学院生による通訳を得てのディスカッションでは、キリスト教美術、仏教美術双方における聖像の機能や受容の比較という観点を中心に議論や意見交換が行われたが、辻佐保子お茶の水女子大学名誉教授(美術史)や下田正弘東京大学教授ての交流がなされた。活発な議論が展開されたこともあって、シンポジウムは当初の終了予定時間を30分以上超えて終了するに至った。当日、会場で配布、回収されたアンケート用紙からも、東西両洋の美術史研究者や学生からのヴォルフ氏、奥氏の講演の斬新な観点や考察に感銘を受けたとの声が多くみられ、本シンポジウムが様々な分野からの参加者の研究意欲を多様に刺激する内容を備えていたとみても差し支えはないだろうと思われる。なお、シンポジウムにおける講演原文(翻訳付き)および討議報告は、東京大学大学院人文社会系研究科次世代人文学センターの紀要(本年3月末日刊行予定)に掲載される予定である。
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