1遠藤香村の基礎的研究―84―――画題・画風・款印について――研 究 者:福島県立博物館 主任学芸員 川 延 安 直1 伝えられる香村像 関連著作と研究史遠藤香村は会津若松市を中心とする会津地方で江戸時代後期に活動した画家である。筆者の勤務地が会津若松市にあるため、作品を目にする事は少なくないが、これまでは、質の高い作品を調査する機会に恵まれず、香村に対しては注文に応じて量産する町絵師のイメージを抱いていた。その実像を確かめようと香村に関する資料を繰ってみたが、すでに所在不明の作品も多く、略歴も曖昧であることが分かった。今回の調査は、まだ少なからぬ作品を確認できる状況にある現在、早急に現存する香村作品の調査を進め、遠藤香村の実像を少しでも明らかにしようとする試みとなった。所蔵者たちの間に共有されている遠藤香村像は、会津地方の絵画研究者であった坂井正喜氏の著作に紹介された香村像に基づいている部分が多いと思われる。だが、坂井氏が著作の自序で断っているように(注1)、同氏の記した香村伝は、大正から昭和に活動した会津若松の画家岩浅松石の談話をもとにしており、同書の記述を裏付ける文献資料は明らかにされていない。坂井氏の香村伝は、香村研究に多大な示唆を与えてくれるものではあるが、香村についての一次資料とすることはできないのである。昭和62年に会津若松市教育委員会により開催された「香村とその一門」展図録(注2)は、一般に公開される機会もほとんどない香村作品の多数の図版が収載されており、香村研究の資料として価値が高い。だが、図版の画質は高いとは言えず、現在ではすでに所在が確認できない作品も相当数に上る。同図録には磯崎康彦氏の「洋風画家としての遠藤香村」が収載されているが、現存資料から香村を論じた同論は、本格的な香村研究の最初のものとして学ぶべきところが多い。その他、福島県立博物館企画展図録『亜欧堂田善とその系譜』(注3)では、香村の洋風画《七里ケ浜図》(福島県立博物館蔵)〔図1〕・《十六橋図》(個人蔵)が、亜欧堂田善の洋風画表現につながるものとして金子信久氏により紹介されている。さらに近年では、佐々木長生氏により香村の農耕図の紹介が行われ、作画にあたって『絵本通宝志』の利用と実際の江戸時代後期の会津地方の農作業の描写があわせて行われたことが明らかにされた(注4)。
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