鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
100/499

―90―音楽と絵画との比較−リズムの成立要件としての時間と空間の問題−シュヴィッタースは、1927年にカンディンスキーの『点と線から面へ』に一部反論したことがある。彼は、音楽が時間を成立の要件とし、絵画が空間を成立要件とすることを無視して、ベートーベンの交響曲の楽譜にある音を点の列や曲線で置き換えて図解しているに過ぎない、とカンディンスキーを批判している(注19)。そして、音楽は帯状の時間軸の任意の一点から一方向へ向かって開始されるが、絵画は絵画空間の一点から全方位へ向けて構図可能であり、これが互いの大きな相違点であると考える。そこで彼が直観的な比喩で説明するところでは、「音楽では音が動き回り、耳はじっとしている。絵画では画面がじっとしており、眼が動き回っている」(注20)と、音楽と絵画との相違と共通点を指摘している。つまり、時間の推移を示す「音の動き」と空間の変位をつかむ「眼の動き」とは同質の体験をもたらし、絵画は「眼の音楽」となるわけであろう。メルツ作品には特徴的に画面の各所に対照的な素材の配置があり、観者の眼はそうしたコントラストに刺激されたり、形式が指し示す向きに導かれながら、画面内を動き回ることになる。ここにメルツ絵画のリズムが発生する契機がある(注21)。メルツ絵画における空間構成とリズムシュヴィッタースが廃物や拾得物を作品の素材として用いることになったきっかけは、第一次大戦終結の喜びを手に入る限りの材料で叫ぶことであった(注22)。その感情的な動機は、集積された素材の持つ多彩な表面効果や、素材を釘で留めるという技法の大胆さにあらわれている。そして、画面から生なものを強く訴えるためには、絵画平面からの著しい突出表現も生じる。それはメルツ作品の初期から試みられており、絵画平面の観念性を打ち破っていた。シュヴィッタースは、「絵画平面は空間構成の一部であり、抽象的な絵画では設置された空間構成部材によって、平面から空間へ飛び出すことがまれではない。あるいは自然主義的絵画、またはキュビスム的絵画では色を選ぶことにより、意識的に絵画平面を打ち破っている」(注23)と言い、絵画の平面性をどのように考えるかについては、「私ははっきりと空間と言いたい。決して平面ではない」(注24)と強調している。「空間を探り当てる」というタイトルがある1929年のコラージュ作品は、こうした空間構成の意図を如実にあらわしている。作者自身が記入したドイツ語は「空間へと手を伸ばして探るtasten zum Raum」となっている。貼り付けた紙には油絵具が擦りつけられており、その絵具が付着する面が、まさに紙片で構成された「空間」であるこ

元のページ  ../index.html#100

このブックを見る