鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
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―121―ニングやロセッティの詩集といった、ロマン主義以降の近代文学が中心的になっている。だが、フローベールの『三つのコント』が古代、中世、現代の短編集であり、コールリッジの詩が古代の伝説から着想を得ているように、エラニー・プレスの出版物もまた、古代、中世、現代の古典の復興とも無縁ではない。古代の物語からは『ルツ記』や『エステル記』といった旧約聖書の物語だけでなく、アッシリアの神話『イシュタルの地獄落ち』などがある。そして、中世・ルネサンス時代の詩やエッセイも数点取りあげられている。仏語から歌劇『オーカッサンとニコレット』やフランソワ・ヴィヨンとピエール・ド・ロンサールの詩集があり、そして英語からは、フランシス・ベーコンの随想集からの抜粋『庭園について』〔図13〕、そしてミルトンが言論の自由について訴えた『アエロパジティカ』などのエッセイが収録されている。さて、これらの出版物のデザインの特徴は、1903年を境に大きく二つの時期に分けられる。1903年が転換期となっているのは、父カミーユが亡くなった年であるのと同時に、出版社の印刷機が焼失するという不幸にも見舞われ、リケットからの財政支援も打ち切られ独立した経営を始めざるを得なくなったからである。1903年までの出版物をみると、挿絵は主に扉絵と数点の図版が掲載されるだけで、黒の一色刷り、あるいは文字の一部を赤で強調する二色刷、ないしは装飾に緑を加えた三色刷に限られた、非常に簡素なものになっていた。これら書物のフォーマットは、ヴェイル・プレスの他の出版物と同フォーマットがとられ、同じ形式のシリーズとして制作された。それに対して、1903年以降の作品には、多色刷りが復活し、特に、ネルヴァルの『暁の女王と精霊の王の物語』や、ジュディット・ゴーチエによって翻訳・編纂された『玉書』などは、各章ごとに多色刷りの細密な図版が掲載される見事な仕上がりになっている。こうしたエラニー・プレスの作品群のなかでも特徴的な作例となっているのが、ロバート・スティール編集の『フランスとイギリスの古民謡集』(1905年)〔図14〕であろう。この作品集の前半10の民謡は仏語の歌詞で後半10の民謡が英語の歌詞になり、両国の代表的な歌謡が選ばれている。ロバート・スティールは編曲について次のように説明している。これらは、15−16世紀に成立した歌であり、「歌詞は多くの人びとを通して、繰り返し歌われることによって構成され」、「単純さ、高貴さ、幸運な偶然がある」という(注6)。こうした歌は、リュートやギターで歌われたが、本書では、現代の読者が直感的に歌えるように、楽譜の一部が新しくデザインされたタイポグラフィによって再現されている。スティールは、近年忘れられてしまった「愛や、驚異や、恐怖、想像力に富んだ霊感」といったロマン主義的な精神の源泉が、これらの歌

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