鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
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―142―〔図4〕に類似している。④現在知られている高野山参詣曼荼羅の大塔の図像には、すべて絃楽器の荘厳が描かれ、形態は箏によく似ている。また、その大きさが誇張されていることから、絵解きの折に説明が加えられていたことが推定できる。五、各作品の概要と図像詳細以下、各作品の概要を示し、図像の分析を行う。推定制作年代と、大塔の建造・修造の歴史を表にしたので適宜参照されたい〔表1〕。A行状図画六巻。弘法大師伝絵巻と総称される絵巻物の一つで、その成立は、最も流布する十巻本に先行し、六巻本の系統として唯一の現存作例である。原本は文永年間頃(1264〜1275)の成立と考えられ(注8)、三代塔の二度目の修造後にあたる。なお、伝本は室町時代の模写である(注9)。大塔の姿は、巻四および巻六の二つの場面に描写される。いずれも絃楽器の荘厳をもつが、詞書はそれにふれない。まず、巻四「大塔建立事」に描写された大塔には、上下層の軒の隅に荘厳が設置されている〔図1〕。次に、巻六「入定留身事」では、大塔下層の軒下部分は霞で隠されているが、上層に荘厳が吊られるのが見える〔図2〕。設置方法は第四巻、第六巻とも共通する。すなわち、軒から、四本の緒により、塔の面に対し平行に吊る形になっている。絃楽器の表面に長辺と平行に引かれる複数の墨線は、絃を表現したものと考えられ〔図3〕、製作時期は不明ながら作例のある短箏B山水屏風六曲一双。高野山の伽藍景観を描く大和絵屏風である。行状図画と同じく三代塔の二度目の修造後の成立と考えられる。壇上伽藍の描写については、甚だ忠実になされていることが指摘されており(注10)、大塔についても例にもれないだろう。大塔が見えるのは右隻の右から三扇目である。上層の軒下には、風鐸と、それより内側に吊られた荘厳が見える〔図5〜6〕。行状図画と異なり、面に対して45°の角度をとる隅木の方向と平行に設置されている。C〜E高野山参詣曼荼羅各本参詣曼荼羅と総称される宗教画の一つで、高野山に至る参詣道や、山内の代表的な地物、弘法大師にまつわる伝説などが描きこまれており、絵解きを通じた布教に用いられた。高野山参詣曼荼羅の現存作例としては、次の四種が知られている。すなわち、室町時代後期の作とされる三種(サックラー本・東京藝術大学大学美術館本・成相寺

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