鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
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2シャルダンの初期人物画研究―160―研 究 者:山ノ内町立志賀高原ロマン美術館 学芸員  喜 田 早菜江はじめに18世紀フランスで活躍したシャルダン(Jean-Baptiste Siméon Chardin, 1699−1779)は静物画の画家として出発するが、その画業のなかばの20年間は集中的に人物画を制作している。このうち本研究で取り上げるのは、初期人物画期(1733−38)(注1)に制作された作品である。1730年代のフランスは、それまでの宗教的・神話的主題に代わって、徐々に風俗画主題が台頭してくる時代の転換期にあたる。この変化は、絵画の受容者層が王侯貴族だけでなく富裕な商人など市民階級にも広がるにつれて起きたことであり、また、17世紀オランダ・フランドル絵画の流入とも不可分である。よって従来の研究では、シャルダンの初期人物画の着想源について、17世紀のオランダ・フランドル絵画が強調される傾向にあった。確かに、北方絵画の先例なくしてはシャルダンの作品は生まれ得なかったことは事実である。しかし一方で、シャルダンの身近には彼と同様に北方絵画を学びつつ制作した画家たちがすでに活躍しており、シャルダンの初期人物画はそうした土壌から芽を出したことを忘れてはならない。そこで本研究では、1730年代までに制作を行ったフランスの画家たちとシャルダンとの関係を改めて検討し直すことによって、シャルダンの初期人物画作品の誕生の背景をより多面的に捉えることを目的としたい。シャルダンの初期人物画の評価初期人物画期、シャルダンは《カードのお城》〔図1〕、《鍋を洗う女中》〔図2〕、《お手玉遊び》〔図3〕、それに《若い素描家》〔図4〕など、一人で遊ぶ室内の若者や、台所仕事などの労働をする人々を好んで描いている。これらの作品の多くは、当時の画家たちの貴重な発表の場であった青年美術家展や王立絵画彫刻アカデミー(以下アカデミーと略)主催の展覧会であるサロンに出品され、多くの人の目に触れている。シャルダンの生前、その作品評に最もよく引かれた画家は、17世紀北方のテニールスとレンブラントであった。しかし、初期人物画に限定すれば、どの作品に向けられたものであるか明確に特定できる言及はごく少ない。取り上げられた絵画は、《洗濯する女》〔図5〕と《給水器の前の女》〔図6〕の対作品、それに《哲学者》の計3点

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