鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
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―163―んど分かっていない。ただ、レンブラントを学んだことは確実であり、現在ロンドン、ダリッジ・カレッジに所蔵されているレンブラントの《窓際の少女》を模写している〔図10〕。レンブラントの《窓際の少女》は、その著『画家伝』(1699)(注15)によってフランスに初めて本格的にレンブラントを紹介したロジェ・ド・ピール(Roger dePiles, 1635−1709)が所有していたものである(注16)。よってロジェ・ド・ピールとの親交は、なによりサンテールがフランスにおける17世紀北方絵画受容の最先端にいたことを物語っている。サンテールの代表作の一つに《キャベツを切る女》〔図11〕がある(注17)。正確な制作年は不明だが、1701年、ピカール(Bernard Picart, 1673−1733)によって版画化されているため、その少し前に描かれたと推測される(注18)。サンテールが本作品を1704年のサロンに発表すると(注19)、人気を博したと見えて、その後他の画家の手によってたくさんのコピーが制作されている。この《キャベツを切る女》が興味深いのは、食事の支度をする使用人が半身像でモニュメンタルに捉えられている点である。女性は台に乗せた腕に大きなキャベツを抱え、手にはナイフを持っている。背景はここが台所であることを説明するでもなく、暗くぼかされている。そして、台の上に散らばった小さな玉ねぎやニンニクによって、かろうじて台所の雰囲気が醸し出されている。このように極限まで背景描写を簡素化し、何の作業をしているのか分かる最低限のモティーフで画面をまとめる手法は、シャルダンが初期人物画において多用したやり方である。また、輪郭線をぼかした柔らかな筆致や、白色の効果的な用い方にも共通性が感じられよう(注20)。本作品のような台所で働く女性の主題は、17世紀北方においても数多く制作されていた。しかし、胸元の大きく開いた服装と口元に浮かんだ笑みによって鑑賞者の注意をひきつけつつも、あくまで優美な雰囲気をたたえた作品に仕上げた点は、北方絵画にはみられないサンテールの独自性といえるだろう。また、人物一人に光を当て、堂々たる姿で描いたという点も画期的である。こうしたサンテールの路線をシャルダンは確かに受け継いでいる。サンテールとシャルダンの作品の親近性がより強くあらわれていると思われるのは《料理する女》〔図12〕である。こちらはサロンに出品されず、版画も作られていないが、描かれた女性がうっすらと浮かべる微笑み、背景の処理、簡素な構図など、サンテールにしばしば見られる特徴を備えている。また、モデルの視線が鑑賞者に向けられておらず、上半身のみクローズアップして描かれているという点も注目すべきであろう。これらの特徴は、シャルダンの《お手玉遊び》〔図3〕と共通している。描

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