鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
174/499

―164―かれた主題は労働と遊びで異なるものの、サンテールの《料理する女》同様、シャルダンの《お手玉遊び》の女性もやや頬骨が高く、顎の小さい顔つきで描かれており、口元には笑みを浮かべている。《お手玉遊び》はシャルダンの初期人物画のなかでも《洗濯する女》〔図5〕と《給水器の前の女》〔図6〕に次ぐ早い時期に制作されたものである。全身像の人物を複数配置した北方の影響が色濃い小型の作品から、比較的大きなサイズのカンヴァスに人物一人をクローズアップして描く手法へと制作の幅を広げるにあたって、シャルダンはサンテールの作品を学んだ可能性が高いと言えよう。それから、サンテールより一世代若い画家グリム(Alexis Grimou, 1678−1733)もまた、シャルダンの初期人物画を予告する作品を残している。グリムは1705年、アカデミーに準会員として登録されるものの、入会資格作品の肖像画をなかなか提出しなかったため、1709年、ついに準会員の資格自体を剥奪されてしまう。その後は聖ルカ組合に属し、酒を飲む場面やスペイン風の衣装の人物、巡礼者といった主題を繰り返し手掛けた。その作品は先のサンテールにも多くを負っており、レンブラントと結び付けて語られることもあった(注21)。だが、グリムの作品で注目すべきなのは、ジャコも指摘しているように、北方絵画によく見られる小さな画面ではなく、比較的大きなサイズのタブローに人物を等身大で描いていることである(注22)。同様の手法はシャルダンの人物画のなかでも初期に限ってみとめられることから、1730年代にシャルダンがグリムと接触した可能性は低くはない。また、グリムのサインが入った素描は一点しか現存せず、カンヴァスに直接油彩で描いていく手法を採ったと考えられる(注23)こともシャルダンの制作方法と共通している。グリムの作品のなかでも特に興味深いのは、《素描する若い青年》〔図13〕である。左手で紙ばさみを支えながら素描する男性の上半身が、左側から大きく捉えられている。このグリムの構図は、シャルダンの《若い素描家》〔図4〕と大変よく似ている。一方はまさに素描中の姿を捉えたもので、他方はクレヨンを削っている場面だという違いこそあるものの、男性の左右の手の位置関係、身体の傾き、それに筆跡の残る荒いタッチなどは両者で共通している。残念ながら、シャルダンが直接グリムの《素描する若い青年》を見た証拠はない。とはいえ、二人はともに1732年の青年美術家展に自作を出品していることから、少なくともシャルダンがグリムの作風を知っていたことは確実だと思われる。この青年美術家展の様子を報じる月刊誌「メルキュール・ド・フランス」の記事では、シャルダンが大きく取り上げられたすぐ後に(注24)、グリムの作品が優れたタブローとして

元のページ  ../index.html#174

このブックを見る