鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
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5モダン・アートの制度化―194――その歴史化と「美術館化」―研 究 者:武蔵野美術大学 造形学部 准教授  田 中 正 之1936年にニューヨーク近代美術館(以下、近代美術館)で開催されたアルフレッド・バーの企画による『キュビスムと抽象美術』展(以下、『キュビスム』展)とその図録に掲載されたチャート〔図1〕は(注1)、モダン・アート(以下、ここでは主に20世紀のモダニズム美術を指す言葉として使用)の歴史を明快に示したものとして、現在の20世紀美術史の理解にも多大な影響を与えている。かつまた、それはモダン・アートを歴史化し、美術館という制度の中に回収する一つの重要な契機ともなり、換言すれば、モダン・アートが「美術館化」されていくにあたっての画期的出来事となった(注2)。しかし、20世紀美術史研究において現在同展とチャートが言及されるのは、それらがモダニズム的歴史叙述のマスター・ナラティヴを示し、モダン・アートのカノンを作り出したとみなされているからである。そして、それらはポストモダニズムの動向の中で厳しい批判の対象とされた(注3)。だが『キュビスム』展は、モダニズム的歴史叙述としての権威を同展開催時に一気に獲得したわけではなく、それ以後モダニズム批判が起こるまで絶対的な権威であり続けてきたわけでもない。実際同展が開催された当時は、全く異なる受け止め方をされていた。本研究は、同展の目的であったモダン・アートの歴史化という作業を(注4)、同時代の文脈の中で再考し、モダン・アートの歴史化と美術館化が緒についたばかりの当時は、幾つもの歴史叙述が拮抗し、せめぎ合うダイナミックな状況であったのを示すことにある。バーの歴史叙述は、当時においてもその後も唯一絶対であるはずはなかった。この展覧会への最も有名な批判であるマイヤー・シャピロの「抽象芸術の本質」が、バーとは異なる視点からの歴史記述を試みていることはよく知られている(注5)。また二つの展覧会も開催されている。これらパリでの展覧会もまた、『キュビスム』展と間接的ではあれ関わりつつなされたモダン・アートの歴史記述と美術館化の試みだと捉えられるだろう。『キュビスム』展は、1930年代におけるモダン・アートの歴史叙述を確立しようとする様々な試みの大きなうねりの中にこそ位置づけられねばならない。20世紀美術の『キュビスム』展が開催された翌年には、パリで『アンデパンダンの巨匠たち』展と『アンデパンダン美術の起源と発展』展というモダン・アートの歴史を回顧的に示す

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