鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
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―212―水流と接するモチーフの輪郭線に沿わせることを可能にする。例えば、本作右隻第四・五扇〔図4〕では、画面の真ん中辺りから下辺まで水紋が描かれているが、ちょうど第四扇と五扇のつなぎ目あたりの岩を見てみると、岩が水流に向かって突きだしている場所では、水流も同じ方向に折れ曲がっており、岩と岩の間のくぼみのようなところでは、やはり水流もくぼみに向かって折れ曲がっているのである。対して出光美術館本「四季花木図屏風」では、右隻第一・二扇の下三分の一を水紋が覆っているが、その折り返しの幅はほとんど変化することがない。そのため、土坡や岩の凹凸とは無関係に水紋が引かれることになり、観者に平面的な水紋の上に岩や土坡が乗っているような印象を与える。本作では、先述した工夫によって、水紋と水流に接するモチーフとの間に極めて理に適った関係性を認めることができる。これは画面全体をとおして指摘できる特徴であり、また他の同じような水紋を持つやまと絵系の屏風には本作ほど顕著には見られない特質であることが指摘できる。つまり、本作における水流の描法は、単なる文様的表現に終始するやまと絵系の作品に通有のそれとは一線を画すものであると言える。更には、本図に見られるような特徴は、水流を細密に描きこむことのない漢画系の花鳥図屏風にもほぼ見られず、このような表現が部分的に現れてくるのはかなり整理された狩野派系の花鳥図屏風においてである(注23)。また、遠景が中心となる水墨山水図にもあまり例がなく、祥啓や狩野正信の山水作品の近景にわずかに確認できる(注24)。4.「四季花鳥図屏風」に見られる雲霞表現本作には金泥を用いた雲霞表現が見られ、その形態は大きく二種に分かれる。ひとつは、いわゆるすやり霞形と言われる霞で、ほぼまっすぐな輪郭線を持つ。いまひとつはやや大きめの弧の連続による輪郭線を持つ雲霞である。15世紀以降顕著になる障屏画の特徴の一つに、金の泥や箔を用いた雲霞表現があげらるが、それらは大きく、水墨に金泥で雲霞を施すものと、著彩に金箔で雲霞を施すものに分けられる。また、泥と箔は併用される場合もあり、更に箔で施される雲霞は、不定形の切箔をまくものと、同型同サイズの箔を隙間なく並べるものとに分けることができる。本作のように、金泥のみで雲霞をほどこす場合には、水墨の山水表現に部分的に用いられることが多い(注25)。また、雲霞の形体には、明確な輪郭を持たないもの、滑らかな曲線によって象られるものと、連続する大小の弧線によって象られるものがあるが、泥引の場合、明確な輪郭を持たないことが多いことが指摘できる。本作は、金泥引によるすやり霞形と弧の連続による輪郭線を持つ雲霞が共存する点で、他の作例と区別される必

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