鹿島美術研究 年報第25号別冊(2008)
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9日本近代におけるプロレタリア美術運動の伸張とその影響について―241―研 究 者:早稲田大学會津八一記念博物館 助手  喜 夛 孝 臣はじめにプロレタリア美術運動は、社会運動に由来するプロレタリア美術団体「ナップ」美術部(略称AR)と、新興美術運動から生じた造型美術家協会や、両団体が合同することで生まれた日本プロレタリア美術家同盟が中心となり推し進めた運動である。これらの団体は、社会運動と結びつき、政治と美術の境界線上で運動を繰り広げ、日本近代における様々な美術団体の中でも特異な位置を占めている。戦前に出版された日本近代美術通史である森口多里の『明治大正の洋画』(東京堂、1941年)や石井柏亭の『日本絵画三代志』(創元社、1942年)においてすでにこの運動は言及されており、はやくから日本近代美術研究の視界におさめられていた。しかし、柏亭は、「赤の思想が疫病のやうにひろがった時、絵画の方にもプロレタリア美術の旗幟のもとに、至らざる技術を以て労働争議や階級闘争をあじることを心がけた作品を集め、真の大衆に訴ふるよりも階級闘争や赤の思想に共鳴する無産青年たちを興奮せしめるような運動が行はれ、官憲からも相当の厭迫を受けた」(注1)と記述している。ここにみうけられるように政治的な活動をともなうこの運動については、批判的検討に終始されることが多く、個々の作家研究はあるものの、作品や、運動の影響に関して十分な検討はいまだなされていない。また、運動当事者によりまとめられた唯一の運動についての研究書である『日本プロレタリア美術史』(造形社、1967年)は、他の運動参加者から造型美術家協会を中心とした、運動の流れの一つを記したものに過ぎないと指摘されている(注2)。現状では、運動の全容を把握するにもいたっていないのである。本稿では、こうした状況をふまえ、これまで調査がなされなかった移動展覧会と地方支部への展開をふくめたプロレタリア美術運動の伸張を追跡し、同時代美術への影響について検討する。これらの作業をとおして、プロレタリア美術運動が同時代の美術のなかでどのような文脈を有したのかをみることとしたい。1.移動展覧会プロレタリア美術団体と他の美術団体をわける際だった特徴は、政治運動との密着性にある。この特徴から、運動方法においても、プロレタリア美術団体独自の展開が見られる。

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